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白髪の旅ガラス

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 誰でも自分の弱点を指摘されたら、顔で笑っても腹の中では面白くありません。弱点のないシステムなどこの世にはなく、真っ当な審査では必ず指摘される案件がある筈です。


 とは言うものの、組織の文化により、指摘されたら改善の機会として前向きに捉える場合と、何としても指摘はゼロにしたい場合とがあり、審査を通じて何れの文化か理解しなければなりません。


指摘を改善の機会にする組織には、指先が疲れるまで指摘しても問題ありませんが、指摘されたくない組織には、それなりの組織内の事情があり、それが何か事情を呑み込むまで指摘は避けます。


指摘されたくない事情が審査中に判明すれば、それがシステムの改善点ですから、指摘ではなく、逆に良い点として誉めることにしましょう。但し、良い点は聞き流され、読み飛ばされ、次回の審査まで無視されても良いものですから、殆ど意味のないもの。


そこで、指摘する内容(不適合)であっても、「改善の機会」として検討して貰うシナリオを作成することにします。審査基準に対して逸脱する不適合ではないものの、システム改善することで管理結果の向上が期待出来るとか、組織の文化に合うようになるとか、限りなくコンサルに近いシナリオになることでしょう。


例えば、環境方針に経営の狙いが反映されていない場合、それを「改善の機会」にすれば、トップは必ず環境方針を見直します。何しろ、経営の狙いを環境方針に明示することで、環境目標も経営の狙いを実現する目標になり、システムの運用で経営の狙いが実現するのですから、こうした「改善の機会」を採用しないトップは皆無でしょう。


植え替えた アジサイ小さな 花見せて


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by tabigarasu-iso | 2018-05-31 09:30 | ISOマネジメント | Comments(0)

 どんなに大きなカッコウが鳴いていることやら、辺り一面に響き渡るカッコウ、カッコウの繰り返し。今年も、子育てを他の鳥に任せる育児放棄のカッコウが訪れてくれました。


そうとは知らない育ての親鳥、巣を空けて虫取りに舞い立てば、その隙に卵を産み落とし、知らない顔してカッコウは去って行きます。子は国の宝、誰が産んでも大切に育てる福祉社会は、カッコウが教えてくれたのかも知れません。


メダカやヤゴは、小さな池で生まれて自力で育ちます。鳥や人は、親の手を借りなければ、食餌が出来ません。同じ鳥でも、カッコウは育てることを知らない鳥で、産み落とされて育てる鳥は疑うことを知らない鳥です。


せっせと餌を運び、自分より大きくなった子がカッコウとは知らず、育ちの良い子だと安心するだけでしょうか。育ての親に話を聞く機会がありましたら、訊ねてみましょう。


カッコウの 独唱響く 曇り空 


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by tabigarasu-iso | 2018-05-30 22:15 | 随筆 | Comments(0)

ハゼとタナゴ

 自然界では滅多に遭遇することのない団扇のようなタナゴ、ドジョウに似たハゼが同じ水槽の中で暮らすようになり、何年経ったことだろう。少なくとも三年は経ているから、平均寿命を越していることは間違いない。


 餌は、タナゴの細い口に入る小さなものをハゼが分けて貰っている。餌を取り合う姿は、一度も見たことがない。タナゴが勢い良く餌を食べ終わるまで、ハゼは底で静かに待っている。


 底の餌をタナゴが拾って食べれば、ハゼは邪魔にならないよう壁面へ移動して貼りつき、ムナビレを使って器用に這い上る姿は魚とは思えない。水中で暮らす魚類が、陸に上がって暮らす進化の途中を目の当たりにしているようである。


 勢い良く泳ぐタナゴは病気に罹り易く、五匹の仲間が二匹までになったが、ムナビレを使い歩くハゼは購入時の三匹がそのまま生き延びているから、生命力に富むと言えるだろう。素焼きの巣に入り、辺りを見渡す惚けた顔には心が癒される。


地味なハゼ 派手なタナゴと 同じ水

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by tabigarasu-iso | 2018-05-29 22:30 | 随筆 | Comments(0)

色づく枇杷の実

 幼子が店で買った枇杷の実の種を飛ばし、落ちた所で芽が出て育ち、広い場所に移し替えたらグングン伸びて、今では見上げるばかりの大樹となった枇杷の木には、鳥達が新芽を啄んでくれたお陰で見事な枇杷が鈴生りになりました。


 その色は青から黄色に変わり、間もなく甘い香りが辺り一面に漂い始めそうです。やがて、新芽を啄んで、大きな粒に揃えた功労の鳥達が気付き、枇杷の実を狙って舞い下りることでしょう。


これまでは、オナガドリが枇杷の実を狙っていましたが、このところ姿が見えません。その替わり頻繁に目にするのは、チュンチュンと朝から喧しくコミュニケーションするスズメの群です。


 オナガドリに比べたら身体は小さく、カラスと争う勇気も持ち合わせていないスズメですが、色づいた大きな枇杷の実を、小さな嘴で啄む光景を遠くから眺めたオナガドリは、何を思うことでしょう。


枇杷の実を 横取りされて 悔し泣き

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by tabigarasu-iso | 2018-05-28 22:30 | 随筆 | Comments(0)

ロウバイの実の毒

 寒風の吹く中、ロウに似た花を咲かせ、春にはラグビーボールに似た実を付けるロウバイは、花の咲く時期に訪れる人が多いのに、実の生る時期に殆ど訪れる人が居ないのは何故だろう。


梅の実も同じかも知れないが、梅林の持ち主は梅の実を収穫して、梅干しや梅酒に使う。ロウバイの実は、梅の実と異なり摘み取る人はいない。その差が気になり、インターネットで調べてみればとんでもない事実が判る。


ロウバイの実には、日本では毒物及び劇物取締法の毒物に指定されているストリキニーネに似た毒性があり、摂取してから30分ほどで強い痙攣が起こり、最悪の場合は呼吸困難で死に至るとあり、梅の実とは同様には扱えない。


果たして、かような毒が含まれていること、ロウバイの花を楽しむ人は承知しているであろうか。少なくとも自分は承知していなかったから、幼い子供が誤って口にしないよう、大人は教えなければならないようだ。


ロウバイは 実に毒あると 狼狽し

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by tabigarasu-iso | 2018-05-27 22:00 | 随筆 | Comments(0)

お替わり自由の漬物

 外食で過ぎると思うのは油、不足すると思うのは野菜、有難いと思うのは御替わり自由のサービスです。


 例えば、トンカツの専門店では、キャベツ、味噌汁、それに御飯のお替わり自由がありますから、飽きるほどキャベツをお替わりしていました。


しかしながら、白菜、キュウリ、大根の浅漬けのお替わり自由には遭遇したことがありません。それも、店員の方が声を掛けて下さるものですから、人の温もりもあるサービスです。


そこは、名古屋駅地下街にある煮込みうどんの専門店。以前からあったサービスと聞きながら、熱く固いウドンを啜り、冷たい浅漬けの漬物を口にしたものです。


みそ味の 熱いうどんに 漬物良し

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by tabigarasu-iso | 2018-05-26 16:04 | 随筆 | Comments(0)

知ったか振り

 駅前の大道りを勢い良く歩いて、すぐ右にある筈のホテルが見付かりません。それでも知ったか振りをしてどんどん歩けば、先程まで沢山あったホテルの看板は消えてなくなりました。


 大きな鞄を手に提げて歩くのは良い運動になりますが、額から汗が流れ落ちて運動はもう十分だと身体が言い始めましたから、影響を受けた心も弱気になり、ホテルに電話を掛けてみます。


 応対したフロントの男性は、行き過ぎですからそのままどこも渡らず右折すればホテルに着くと教えてくれました。が、言う通りに歩いて戻れば賑やかな飲み屋さん通りで、ホテルらしきものは見当たりません。


 再びホテルに電話すれば、今度はフロントの女性が誤りを正してくれました。辿り着いたホテルは、駅のすぐ傍です。駅を出てところで電話をすれば、十分も余分に歩かずに済みましたが、良い運動になったと思いましょう。


迷い人 教える人で また迷い

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by tabigarasu-iso | 2018-05-25 08:00 | 随筆 | Comments(0)

小さな嘘から倒れる組織

 その昔、おばあさんは嘘をついた孫に言いました。

「嘘をつくと、エンマさんに舌を抜かれるぞ」


舌を抜かれては困る孫は、固く口を閉じます。

「何だ、嘘をついたのは、おめえか」


どの孫が嘘をついたのか、おばあさんは知らなかったのですが、孫の態度で見抜きました。

「俺が悪かった」


 当時の孫は素直に謝りましたが、大人になると素直にはなれないようです。小さな嘘を覆す記録が公にされ、それでも知らないと言い切る腹の小さな人に、1億人の将来を任せて良いものでしょうか。


その地位に すり寄る人も 今は消え

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by tabigarasu-iso | 2018-05-24 07:30 | 随筆 | Comments(0)

 スポーツ選手がルールを守らなければ、それは喧嘩になります。自分の意思でそうする場合とコーチや監督の指示でそうなる場合もありますが、ルール違反の喧嘩に違いはありません。


 その喧嘩で相手が怪我をすれば、選手はもとより指示を出したコーチや監督も相手に謝罪するのは当然です。それが出来ない人は、再び社会のルールを違反したことになるでしょう。


 アメフトの試合中の喧嘩がSNSで拡散し批判が大きくなった挙句、喧嘩した選手が記者会見することになりました。そこで明らかになったのは、ルール違反を強要したのは、コーチと監督とのことです。


さて、スポーツを喧嘩の道具にしたコーチと監督は、被害者にどう対処してくれるのでしょう。また、社会人として落とし前は、どう着けてくれるのか、潔い態度を見たいものです。


アメフトよ 喧嘩競技と 成り果てた

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by tabigarasu-iso | 2018-05-23 18:15 | 随筆 | Comments(0)

人は何で生きるか

 ロシアの著名な作家トルストイさんは、「人は何で生きるのか」を神様と天使の小説で教えてくれます。それは、生まれて初めて親元を離れ、下宿生活を始めた15歳の時に購入した一番安い岩波文庫本でした。


 あれから半世紀を経ても、そのタイトルは相変わらず脳裡に浮かび続け、自分なりに掬い取ろうとしますが、明確な答えを見付ける前に忘れているようです。このままではいけないと少し反省して、改めて小説の要点を調べてみました。


 神様が与えた問題と天使の回答は、次の通りです。

1)人の中には何があるか?

➡人の中には愛がある。

2)人には何が与えられていないのか?

➡人には自分には何が必要なのか知る力が与えられていない。

3)人は何によって生きるか?

➡人はだれでも自分自身のことを思いわずらうことによってではなく、愛によって生きる。


 天使の回答を自分に当て嵌めてみれば、人は何で生きるのか、遅まきながら明らかになりました。ただ、愛によって生きるは気恥ずかしく、小説の中では言えても現実では言い難いものですから、「思いやり」で生きると言い換えましょう。


思いやり 審査現場で 活かします

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by tabigarasu-iso | 2018-05-22 12:27 | 随筆 | Comments(0)