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白髪の旅ガラス

<   2010年 03月 ( 31 )   > この月の画像一覧

呟き壱千話

 何事にも目標はあります。それが明確でない場合であっても、それが目標と言えるでしょうから。ところで、「白髪の旅ガラス」は呟き始めて十数年が経ちますが、取り敢えず壱千話を目標に励んで参りました。

 当初のタイトルは「呟き(つぶやき)」でスタートしましたが、「囁き(ささやき)」と読まれる方が多く、途中からタイトルを「白髪の旅ガラス」に改めて今日に至ります。その間、環境ISOマネジメントコンサル、審査員、講師を通じ、色々な場所で色々な組織を訪問し色々な人と出会いました。そこで感じたこと見たこと聞いたこと知ったこと教えて貰ったこと、これら様々なことをヒントにさせて貰い、それを脳内で組み替え何度も推敲してまとめた、随筆、小説、川柳です。

 その割には未だ世界的なベストセラーにもならず、知っている方だけのローカル版のままですから、脳内の組み換え能力の限界と言えましょう。それを良く自覚した上の話ですが、公開の数だけは壱千話になりましたので、自己宣言ながら目標を達成した満足に浸ることができました。

 これもひとえに飽きず懲りず怒らず微笑んで頷いて、時には感心して読み続けて頂いた忍耐強い方がアクセスして下さったお陰であり、また家族が諦めて放任してくれたお陰でもあり、ここに深く感謝申し上げます。

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読み返す 当てもないのに 日記付け
by tabigarasu-iso | 2010-03-12 12:03 | 随筆 | Comments(0)

国民総幸福度

 国民総幸福度とは、文化の多様性、感情の豊かさ、時間の使い方、自然環境、コミュニティの活力などを指標とする国力の理念です。これまでは、国内総生産のような経済指標ばかりが話題にされてきました。

 経済成長と国民の幸福度が比例するなら問題ありませんが、経済成長が環境破壊や文化の多様性破壊、それに生物の多様性破壊を引き起こしている現況を鑑み、ブータンの国王が1976年に国民幸福度を提唱し、日本政府も2009年に新成長戦略として、国民の幸福度を表わす指標の開発を打ち出しています。

 こうした中、東京都荒川区も幸福度を指標化する研究会を発足させ、2011年度末にはそれをとりまとめる方針を打ち出しました。区民の幸福度の指標を決める姿勢は、行政として当り前のことですが、他に先駆けて取り組む行動力が素晴らしい。
 
 荒川区の幸福度は、何を指標にするのか興味あるところですが、国民の97%が幸福であると回答したブータンに倣って貰いたいものです。一方、人生の多くの時間を組織で費やす社員の幸福度も検討しなければ意味がありません。組織の社会的責任が問われる中で、社員の幸福度の視点も追加する必要がありそうです。
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春雨に 首を打たれる 水仙も
by tabigarasu-iso | 2010-03-10 12:21 | 随筆 | Comments(0)

六本指の猫

 普通より一つ少なくても多くても奇異に思うのは、了見の狭い人間だからでしょうか。文豪ヘミングウエイの愛した猫は、六本指であったと聞いて疑いながら調べてみれば、そうした猫は今も存在するようですから驚きました。

 トトロの映画に登場する猫バスは、指ではなく足が四本以上もありましたから、猫と言うよりムカデのような化け猫で、いつ観ても好きになれません。これまでの化け猫は、人と同じ位に大きくなったり、また油を舐めたり、猫の特徴を活かすことはあっても、足や指の数は並みの猫と同じ数でしたから。

 漫画の世界でも後退りする有様ですから、目の前に六本指の猫が現れたらどんな反応を見せることでしょう。そんな空想をしながら、隣で眠る犬の指を見れば、指らしきものは四本。残り一本は離れた場所にありますから、知らない人が見れば四本指の犬が当り前になるのかも知れません。

 同じ猫でありながら、六本指の種が存続している事実を認めても、やはり奇異に思うのは、慣れの問題と言えましょう。ところで、再度身近な動物である馬や羊の指を考えてみれば、それぞれ一本と二本で不思議には思わない慣れに気付きます。こうした幅の広い慣れの感覚は、今後の企業対応が注目される生物多様性を前向きに理解する上で大切な点になることでしょう。

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梅花より 桜花の前の 写真かな
by tabigarasu-iso | 2010-03-09 12:44 | 随筆 | Comments(0)

かくれんぼ

 見えないものは、無性に見たいもの。辺り一面に響き渡る鶯の鳴き声を聞けば、自然に主を探して梅の枝を見る。梅花の吹きこぼれる様は見えても、そこに花札と同じ鶯の姿は見えない。

 諦めようとする人の心が読めるのか、再び鶯が鳴いてこちらですよと教えてくれる。鶯にすれば隠れているつもりはないのであろうが、鳴く声の方向を錯覚する聞き手にすれば、かくれんぼの鬼になったようだ。

 最初の頃は懸命に探すものの、いつまでも見付けられない相手のことなど忘れ、先を急いで歩き始める。その途端、「コッチコッチコッチ」と誘うように鳴く声に足を停め、それとは反対の方角を見やれば、艶やかな音色とは掛け離れた地味な体毛の主が頷いた。

 それから幾日、静まり返った室内で横たわる愛犬を心配そうに見守る娘の顔を覗く。いつもよりケイレンの回数が多いと沈んだ顔で話す娘に妻の行方を聞けば、未だ帰宅して居ないと言う。

 背広から寝巻きに着替え、炬燵に足を入れてスイッチを入れた時、出掛けている筈の妻が炬燵の中から這い出して言った。
「早く見付けてくれなきゃ」

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鶯の 声に騙され かくれんぼ
by tabigarasu-iso | 2010-03-08 08:28 | 小説 | Comments(0)

恐竜の滅びた訳

 かつて地球上に数多く棲息していた大型の恐竜の滅びた訳がどうやら判明したようです。過日の新聞記事によれば、大きな隕石が地球に衝突した際に発生した多量の粉塵が厚く大気を被い、太陽の光を長年に亘り遮った結果、光合成が出来ずに多くの植物が全滅し、それを当てに生きる草食動物の大型恐竜も死に絶え、また草食動物を当てにしていた肉食動物の大型恐竜も同じ運命を辿ったと言う。

 大きな隕石による急激な気候変動で食物連鎖が切れ、大量消費型の大型恐竜が絶滅した歴史を横目に生き抜いて来た人間です。同じ様な天変地異が再び起こっても、恐竜のように絶滅することはなさそうですが、愚かにも自らの手で気候変動を引き起こす動物になりました。

 隕石のように偶然な出来事は避けようがありませんが、温室効果ガスを増加させ、気候変動を引き起こし、食物連鎖を危うくする一連の流れは必然であり、その原因は全て人の活動に拠るところですから、避けようがあります。

 こんな考えを誘うところから、恐竜の滅びた訳を研究する真の狙いは、隕石や火山と言った過去の偶然説を探るのが目的ではなく、今後も地球上の動植物が継続的にバランス良く生存し続けるため、そうではなかった恐竜時代末期の事実から、人だけでなく動植物の種を維持する生物多様性時代の将来に向けた智恵を探り、それを知らない人に恐竜話として伝えることかも知れません。

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太陽の 恵みを受けて 梅花咲く
by tabigarasu-iso | 2010-03-07 10:33 | 随筆 | Comments(0)

コンサルの力

 コンサルを採用する際には、費用、内容、それにコンサル力の評価が大切です。費用と内容は、提案書や見積書を見れば評価できますが、コンサル力の評価は指導が始まるまで判りません。指導を受けた他社からコンサルの評価を聞くことができれば参考になりますが、それができない場合はどのようにコンサル力を評価したら良いのか悩むことでしょう。

 その解決策の一つとして、担当予定のコンサルと面談し、あれこれ聞き出す方法があります。しかしながら、自社の抱える課題を契約もしないコンサル予定者に話すことになり、具体的な質問を投げ掛けることが難しい。一方のコンサル予定者にしても、相手の課題を確認する資料やデータがありませんから、相手の抽象的な質問に対し曖昧に答えるしかありません。

 コンサルとの面談を有効にする方法は、自社の方針、目標、施策、教育、評価における課題を予め整理しておき、それをコンサルに投げ掛け、どう回答するのか確かめると良いでしょう。勿論、その場で面談内容に関する守秘義務を交わします。そうすれば質問内容も具体的になり、コンサルの力があれば個別対応に耐えられる回答になるでしょう。

 自社の課題が明確でない場合は先の質問ができません。その場合は、コンサル予定者に対しコンサル先の課題をどう探るのか、その場で提供可能な情報を示した上で聞くことになります。その回答が自社に適切でなかった場合は次の回答を求め、それで右往左往するようであれば、眼鏡に叶ったコンサルではありません。

 こうしたコンサルの力を確かめることなく、費用面だけでコンサルを決める場合もあることでしょう。それは効果の不明な投資になりますから、その点に経営上の大きな課題があります。この場合、運良くコンサル力のある人に巡り合うこと、ひたすら神に祈るしかありません。

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コンサルの 力を計る 人求む
by tabigarasu-iso | 2010-03-06 00:42 | ISOマネジメント | Comments(0)

酒に溺れる虫

 人が酒に溺れる話、良くあることで珍しいことではない。虫が酒に溺れるとなれば別である。とは言え、そんな話は簡単に信じて貰える訳がない。また、酒を飲む虫など見たことのない人が大半だから、人の気を引く作り話であろうと疑われても困る。

 それを証明するには事実を見せるほかない。後に証拠写真で見せることにして、虫が酒に溺れる現場を目撃した本人を登場させる。例により、コンサルを終えホテルへ引き上げる前の至福の時間帯、一人で小さなスナックに入りカラス族の好む止まり木に陣取った男は、ジンライムを注文した。

 腹は減っているが、取り敢えずエネルギーを使い果たした脳味噌に休息を与えないことには、明日のコンサルに差し障りが生じる。そんな言い訳を考えながら、ジンとライムがグラスの中で踊る様子を眺めた。

 それが落ち着いたところで一口流し込み、グラスを目の高さに置いたまま、脳内にジンとライムのどちらが先に着くか待っていた時のこと。何処からともなく舞い降りた蚊のような虫、男が手にしたグラスの上で晩酌の仲間入り。

 そのまま宙に浮いたまま液体を吸えば良かったが、着水した虫はジンライムに舌鼓を打ってから、徐に舞い発とうとした。ところが、酔いの所為か表面張力の所為かは知らないが、虫は浮かずに沈むばかり。

 ここで虫を見殺しにしては後味が悪い。携帯電話のカメラに証拠を納めて、男は指先に溺れた虫を乗せたまま、翅の乾くまで待つ。暫くすると虫は舞い上がり、律儀にもブンと礼を言い天井の暗闇に消えた。

           百聞は 一見よりも 力なく
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by tabigarasu-iso | 2010-03-05 12:41 | 小説 | Comments(0)

地下鉄に乗る牡丹

 地下鉄日比谷線の茅場町駅は、仕事を終え帰宅する人の群で溢れています。整列乗車で通路の塞がれたホームの空いている場所と言えば、線路際の最前列に並ぶ人の前しかありません。そこを通る際には、ホームから落ちないよう重心をホーム側に置いて歩きますから、命懸けの歩行になります。

 気の所為でしょうか、復路の電車は往路より静かに駅に着き、慌てずに乗り込む車内も朝ほどの混み方ではなく、そればかりかポッカリと乗客の居ない空間がありました。そこへ迷わず向かうと、居眠りする持ち主の足元に大きな牡丹の花を咲かせた鉢が置いて在ります。

 電車が小さく揺れる度に大人の拳ほどの花房も揺れ、いつ折れてしまうのか気になり仕方ありません。だだ、そうした脆い花びらの何とも美しいこと。つい、怪しい紫の色を放つ花房を手に取ってみたくなります。そうした思いは、横に立ち並ぶ人も同じなのでしょうか、牡丹の花を中心に頭が左右に揺れるのが判りました。

 せめて、その姿を写真に納めようと購入したばかりの携帯電話に手をやりましたが、その電源を切る特別席の前でしたから、失礼と口にして思わず手を胸から離します。さては仕方なく、疲れを吸い取る紫の大輪を己の網膜に焼き付け、地下鉄から中距離電車に乗り換えたところで、想い出しながら筆を取るしかありません。

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山里の 牡丹が地下を 観光に
by tabigarasu-iso | 2010-03-04 08:48 | 小説 | Comments(0)

食虫植物

 見たことがないものほど、好奇心の旺盛な人は見たくなる。この世の中には、虫を食う植物があると言う。機敏に動けない植物が機敏に動く虫を食うのだから、特殊な罠を持ち合わせている筈だ。それを想像するだけでも夜が明ける。

 普通の植物連鎖を考えれば、植物が虫を食うのは流れが逆で、虫が植物を餌に育ち、その虫を鳥が食い、鳥が糞を落として植物の肥料に回す。ある植物が虫を食うのは、根や葉から吸収できない肥料を得るためのようである。

 それほど不思議なことではないが、大半の植物が太陽光と土壌から養分を摂っているから、認めたくない反応と言えよう。別の所で逆の連鎖を目にすれば、やはり奇異に映るに違いない。

 羊が集団で狼を囲い、追い詰めたかと思う間も無く、残す所なく皆で食べてしまう光景を目にすれば、肉食動物食草食動物と言うことになり、これまでの知識が逆転する事態に皆が不快感を表すことになる。やはり、食物連鎖の逆を行くものは、落ち着かないことになりそうだ。

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あの蓼に 食われる虫も ありそうな
by tabigarasu-iso | 2010-03-03 18:09 | 随筆 | Comments(0)

誰が為の審査

 審査中は発言できないコンサルも、審査が終れば遠慮はしない。終了会議で納得しない受審者との意見交換の場が持たれ、コンサルに発言の機会が訪れた。審査で疲れた相手に質問するのは本意ではないが、コンサルには指導責任があるから、その場で疑問点は確認して置く。

「審査報告書の内容が判り辛いようです。どんなことを意図したものか、お客様が判るようにもう一度説明して貰えますか」
「パフォーマンスを達成する上で実施計画の一部に不備があるのです」
「それでは、どのパフォーマンスでどんな不備があるのか、皆目判りませんね」
 意味の判らない言葉を挟む説明は説得力に欠けていた。

「そう言われても、審査機関から指定された報告書の様式ですから」
「待ってください。それは基本的な様式であり、審査員により記載内容の自由度がある筈ですが」
「・・・」
「それなら申し上げましょう。小生も貴殿と同じ審査機関で審査を行う立場ですが、様式のサンプルをそのまま使用する定めなどありません」
 定めを根拠にするなら、相手と共通の定めを持ち出す必要があろう。

「ところで、誰の為の報告書でしょうか?」
「審査機関の判定委員会ですが」
「審査を受けた組織の為ではないのですか」
「・・・」
 かような審査員は審査を行ってはいけない。


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審査員 立会い留守で 好き放題 
by tabigarasu-iso | 2010-03-01 18:03 | ISOマネジメント | Comments(0)