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白髪の旅ガラス

2019年 08月 04日 ( 1 )

 軽快な手拍子が似合うフラメンコギターを聞きながら、枇杷の木で鳴く油蝉の思いを想像し、それを外で見掛けると追い掛け回しながら、出窓で猫草を頬張る愛猫の雑食性に驚いています。

昨夜、愛猫の牙に倒れた油蝉は、今朝になれば蟻が砂を掛けて弔っていましたから、再び土の一部に戻る日も近いようですが、それを横目に見ても愛猫は何の反応もありません。

油蝉を前脚の爪で挟み、牙を突き通してみるのは愛猫の本能が蘇る瞬間のようです。また、出窓で芽を出したばかりの猫草を口にするのも、同じく本能の仕業とするなら、何の為に蝉を獲り、何を好んで草を食べるのか、本人は疑問に思うことはないでしょう。

フラメンコギターの演奏に聞き惚れ、リズムに乗って首を左右に振り、次から次へと耳に入れながら飽きることがないのは、これも本能の仕業かも知れません。明らかに、演歌に心惹かれる理由があるのとは異なるようです。


鳴き始め 蝉は一音 繰り返し

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by tabigarasu-iso | 2019-08-04 10:00 | 随筆 | Comments(0)