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白髪の旅ガラス

自然の囁き

 春めいた雨上がりの翌朝、大気が冷え込めば濃霧の出番である。ゆっくり歩くなら、周囲が霞みロマンチックな世界に浸れるだけで、先を行くのに支障はない。けれど、速度が売りの電車や車は、視界が悪ければ事故の恐れがある。

 歩くような速度の電車に乗れば、約束の時間に到着する筈も無い。車掌は、判り切った遅れを車内アナウンスした。それが当然のことのように、御迷惑をお掛けしますと言いながら、詫びる気持ちが少しも含まれてはいないのが気に掛かる。もっとも、自然の引き起こした濃霧だから仕方ないことだが、約束の時間までに乗客を安全に運ぶサービスだから、それが出来ない心のこもった詫びが必要であろう。

 余裕を持って出掛けた人は良いが、定刻に到着する電車を信じ、無駄なく乗り込んだ人は、約束の時間に遅れたばかりに、その後の仕事が無くなることもある。そんなことを想像できる人は前者であり、その仲間の一人であることに優越感を持って、電車を停める濃霧を楽しみながら窓の外を見た。

 そこには、いつもなら素早く流れる街並みは無く、梅の花が艶やかに映り、桜の花も開き始め、たまにはゆっくり私達を見てください、そう語り掛けてくる。それは、仕事が忙しいことを理由にして、自然に眼を向けない人に対する、懐の深い自然の囁きであった。
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               今年もね 桜の花が 咲きました
by tabigarasu-iso | 2008-03-29 23:50 | 随筆 | Comments(0)