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白髪の旅ガラス

解決

 その昔、行商人から買う切り身の塩鮭は、焼けば塩分が中から吹き出し、梅干と同じ様な代物であった。海の魚は、塩辛い海水の中で生息しているから、その肉も塩辛い。近くの川で獲れる山女は、真水の中で泳いでいるから、その肉は淡白で塩を振って味を付ける。テレビも無く、文字も読めず、海を知らないで育った田舎の子供は、かように考えた。

 食糧の保存に冷蔵庫が当り前の現在、塩鮭と甘鮭のどちらも手に入るから、過剰な塩が切り身に振ってあったのは、人の手が保存を目的に加えたことであったと理解できる。同じ様に、冬の漬物で薄味のタクアンは美味しいが、春先には味が変わり、長く保存しようと思えば、どうしても塩辛くなるのは、仕方のないことであろう。

 ところで、生物の長期保存に塩が適していることを、発見した人は偉い。また、それを商売に利用した人は、更に賢い。海水中や陸中に無尽蔵に眠る塩ながら、それを勝手に扱ってはいけないとして、国が独占的に扱う専売制度は、更に巧みな仕組みである。

 周囲を海に囲まれた国では、塩は何処でも生産することが可能な筈だが、生産する組織を限定し、価格と販売網を独占した真の狙いは、何であったろうか。塩の生産や販売が自由競争になった場合に想定される、海に面した地方自治の経済力の強化に対し、中央政府の弱体化を恐れたのか、或いは、塩の腐敗防止効果が、権力の長期保存に効くことも、多少は想定していたのかも知れない。

             価値のある 塩も燃やせば 猛毒に
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by tabigarasu-iso | 2007-06-30 23:39 | 随筆 | Comments(0)