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白髪の旅ガラス

ソックス

 東京は丸の内、巨大なビルの一角に、早朝から営業する喫茶店に入り、忙しく行過ぎる人の流れを、ゆっくりコーヒを啜りながら、他人事のように眺める。すると、その中に懐かしい顔が現れ、店内に入った。

 何処に座るのか、観葉植物の隙間から、彼の顔を追う。振り向く顔に、思わず手を振った。まさか、待ち合わせた恋人のようには、見えはしないであろう。手を振るのが似合う年齢は、とうに越しているから。

「久し振り。あれから、何年経つかな」
 相手の指が、二本から三本折られた。
「今、どんな仕事をしているの」
 およそ噂では聞いて知ってはいたが、本人から聞くのが一番である。
「ソックスですね」
 相変わらず、言葉使いが丁寧で、心地良い。いつもなら、知らないことでも、知った振りするコンサルだが、気心知れた相手には素直になれる。

「それって、靴下を売るサービスなの?」
 口に含んだコーヒを、噴出さないように耐える、相手の笑う顔を見た。
「相変わらずですね。カラスさん」
 偶然に出会った昔の仲間は、今流行の内部統制のことですと、丁寧に説明してくれる。
「ありがとう。何処で働こうが、仲間は有り難いな」
 素直に、感謝の言葉が、口からこぼれた。

                               鶯も 下手な調べで 鳴き始め
by tabigarasu-iso | 2006-03-05 16:03 | 小説 | Comments(0)