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白髪の旅ガラス

小さな蜘蛛を追う

 秩父駅から乗り込んだ秩父線の車内は、これまで感じたことのない若い人の熱気に溢れ、残り少ない席に場違いな自分を押し込んだ。


 熊谷駅までの乗車時間は1時間余り、いつもならパソコンを取り出し、揺れの激しい車内で文字置きに時間を費やしたが、混雑した車内ではそれもならず、文庫本を取り出して読み始めたところ、耳の上で何かが蠢く。


 右手を当てて軽く払い落とすと、開いた紙面に小さな蜘蛛が落ちた。何処かに逃げるだろと見守ったが、落語家の書いた破天荒な文章が気に入ったようで、ゆっくり文字を追い上から下へ、また上に戻って下へ降りる。


 このままでは自分が本を読む時間がなくなるから、彼女に軽く息を吹き掛けて飛ばした。すると、それを見越していたように、予め張っておいた糸を伝わり斜めに下りて行く。


 空中を斜め下へ移動する小さな生物、自分の他に誰か気付いているだろうと見回したが、誰一人気付いた者はいないようである。間もなく、彼女は男の履いたロングブーツの陰に消えた。


 人混みに 獲物探して 舞う蜘蛛も

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by tabigarasu-iso | 2016-11-05 21:17 | 随筆 | Comments(0)