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白髪の旅ガラス

空き瓶で買ったキャラメル

 急な坂道に差し掛かる。リヤカーが後退し始めた。ここが踏ん張り時である。僕は、リヤカーの後を押す弟に声を掛けた。
「もう少しだから、がんばれ」
 リヤカーの荷台には、日本酒の空瓶が山になっている。山仕事を終えて帰り際に立ち寄った樵衆に振る舞った酒の量には呆れたものだ。空き瓶の数を数えながら、酒屋のおばさんも驚いている。
「良く飲むね」
 自分は飲まないから首を横に振ると、おばさんは大きな声で笑った。
「酒の空瓶は五円、醤油の空瓶は十円だから、全部で幾らになる」
「二百五十円さ」
 計算済みで頭に金額を入れて置いたから、直に答えるとおばさんは目を丸くする。
「たいしたものだ。姉さんも先が楽しみだね」
 おばさんは、母の妹で良く似ていたから、母親に褒められたようで妙な気分がしたものだ。精算が終わったところで、弟二人に五十円ずつ渡し、三人で品定めに入る。あれもこれも欲しくて、なかなか品が定まらない。
「おや、計算は早いが、品定めは遅いね」
「そんなこたぁねぇ」
 三人揃って選んだ品は、粒が一回り大きくなった森永のキャラメルであった。一箱二十円であったから、他の品も買えたが無駄使いはしたくない。左のポケットにキャラメルの箱を押し込み、右のポケットに三十円を入れる弟と百三十円を入れる自分が居た。
 帰りは、坂を下るだけである。弟二人をリヤカーの荷台に乗せて、あっと言う間に舞い降りた。
夕飯まで未だ時間がある。石垣の上によじ登り、三人揃ってキャラメルを口に入れた。そのまま誰も口は動かさない。少しでも動かせば、その分早く融けてなくなりそうで、舌の上に乗せたまま、僅かに融け出す分を惜しむように飲み下したものである。
 その一粒が二粒になり、夕焼けが終わる頃には、三人揃って箱を空にしていた。畑仕事から戻った母がせわしく夕飯を用意してくれる。
「どうした。三人揃って箸が進まねぇが、どこか具合でも悪いのか」
「ううん」
 鼻の良い母は、キャラメルの甘い匂いを嗅ぎ取ったが、決して叱ることはなかった。


 バス停で 車の飛ばす 水に濡れ
空き瓶で買ったキャラメル_d0052263_1635129.jpg

Commented at 2015-12-13 06:42 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by tabigarasu-iso | 2015-12-12 16:25 | 小説 | Comments(1)