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白髪の旅ガラス

モノクロ猫

 カラー写真が手頃に撮れる時代になりましたが、それを敢えてモノクロ写真で撮るのも想像の幅が広がり良いものです。例えば、枝をしならせる柿の実は、色を付け始めたものか、すっかり熟したものか、モノクロ写真では分かりませんから、柿の実の濃淡で想像するほかありません。

 更に情報の少ない文章で、青い柿の実が大きく育ち、やがて柿色に染まる様子を表現することは難しいものです。読者の中には、柿の実の青い頃など見たことがない人も存在するでしょうから、それにも耐える表現は難しい。

『昨日、親指ほどの柿の実は、ヘタの先に青白い頭を出したばかりだった。だが、今朝は早くも色こそ青白いままだが柿らしい形を成している。明朝になれば、どんな変化を見せてくれるであろう。毎日が日曜日の生活になってから、柿の実の青から柿色に染まって行く様を追うのが、唯一重要な仕事になった』

 この文章は、柿の色の変化を文章で表すと言うより、その変化を見守る人の心模様の表現です。こうした文章に替えて、猫の写真をモノクロで見せたなら、それを見た人はどんな想像をすることでしょう。


 酔わなくて 大きくなれば 虎になる
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by tabigarasu-iso | 2015-10-13 09:00 | 随筆 | Comments(0)