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白髪の旅ガラス

風の音

 未だ宵の口だと言うのに、聞こえるのは風の音ばかりである。人の生活に伴う音は、何も聞こえない。此処は果たして人里であろうかと、住民自身が疑う静寂地帯である。

 そうとは知らない風が暴れ込んだものだから、その目立つことと言ったらない。微かな変化であっても、どうしたものかと聞き耳が立つ。

 時々、注意を引くように強弱を付けて唸る風がある。何やら話したいような変化に気付き、酒を飲む手を一瞬止めてみた。

 すると風は止み、再び晩酌を開始すると唸る。
『そうか、千の風になった親父の好物だからな』

 仏壇の扉を開け、小さな盃に少し酒を注ぎ、千の風の前に置いた。それを不満そうに、風は外で唸る。

『嫌だね、酒飲みは』
 そう思いながら、盃になみなみと注ぎ足せば、忽ち外は静かになった。
風の音_d0052263_15435613.jpg


あの世でも 酒は飲めると 風に聞き
by tabigarasu-iso | 2011-01-21 07:54 | 小説 | Comments(0)