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白髪の旅ガラス

酒に溺れる虫

 人が酒に溺れる話、良くあることで珍しいことではない。虫が酒に溺れるとなれば別である。とは言え、そんな話は簡単に信じて貰える訳がない。また、酒を飲む虫など見たことのない人が大半だから、人の気を引く作り話であろうと疑われても困る。

 それを証明するには事実を見せるほかない。後に証拠写真で見せることにして、虫が酒に溺れる現場を目撃した本人を登場させる。例により、コンサルを終えホテルへ引き上げる前の至福の時間帯、一人で小さなスナックに入りカラス族の好む止まり木に陣取った男は、ジンライムを注文した。

 腹は減っているが、取り敢えずエネルギーを使い果たした脳味噌に休息を与えないことには、明日のコンサルに差し障りが生じる。そんな言い訳を考えながら、ジンとライムがグラスの中で踊る様子を眺めた。

 それが落ち着いたところで一口流し込み、グラスを目の高さに置いたまま、脳内にジンとライムのどちらが先に着くか待っていた時のこと。何処からともなく舞い降りた蚊のような虫、男が手にしたグラスの上で晩酌の仲間入り。

 そのまま宙に浮いたまま液体を吸えば良かったが、着水した虫はジンライムに舌鼓を打ってから、徐に舞い発とうとした。ところが、酔いの所為か表面張力の所為かは知らないが、虫は浮かずに沈むばかり。

 ここで虫を見殺しにしては後味が悪い。携帯電話のカメラに証拠を納めて、男は指先に溺れた虫を乗せたまま、翅の乾くまで待つ。暫くすると虫は舞い上がり、律儀にもブンと礼を言い天井の暗闇に消えた。

           百聞は 一見よりも 力なく
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by tabigarasu-iso | 2010-03-05 12:41 | 小説 | Comments(0)