ブログトップ

白髪の旅ガラス

<   2016年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

夢前(ゆめさき)

 初めて訪れた兵庫県の夢前と言う場所は、どんな処なのか。宍粟から車で十数、森林の中に埋もれていた。鉄道がなく、自動車がなくては生活ができないと地元の人は言う。


 では、夢前と言う素晴らしい名はどうして付いたのか。地元の人に尋ねてみても、誰一人答えてくれない。そこで勝手に想像してみれば、旅に疲れた旅人が、もう少し歩いて行けば深い森も終わり、夢のような世界が開ける手前の森から、夢の前と名付けたのではなかろうか。


話は変わるが、群馬の北西部に嬬恋と言う地名がある。そこは江戸から離れて久しく、妻が恋しくなる淋しい場所であったところから、「ああ妻恋し」と歌人が詠み、嬬恋になったと言う。


 兵庫の夢前にも、群馬の嬬恋と同じような謂れがある筈だ。自分の想像した内容とは異なるかも知れないが、関心を示した旅人のことだから、関心を持たない地元の人に比べれば許される。


 夢前に 夢中あれば 夢後も

d0052263_13154706.jpg



[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-31 13:14 | 随筆 | Comments(0)

宍粟(しそう)

 宍粟の漢字を見て、さて何と読んだものか。ホテルで教えて貰った食事処を目指し、大通りを歩いて行くと右手に大きな建物があり、外壁にひらがなで「しそうけいさつ」とあった。


 宍粟は、瀬戸内海と日本海の真ん中にある森に囲まれた市である。新大阪駅の高速バス乗り場から2時間余り、山崎インター下車して徒歩8分とは言うものの、目指すホテルが見えないまま歩くのは不安なものだ。


 前を歩く人が居なくなり、ますます不安は増すが尋ねる人は見当たらない。えい、儘よと足を速めた。すると不思議なことだが、遠くにアルファベットのホテル名が見えて来る。


 目的地が見えると足取りは軽くなり、重くなり始めた鞄も軽くなった。急げ、急げと早く歩いたが、横断歩道までなかなか辿り着かない。宍粟の町も自動車移動が中心で、歩く人の都合は車の次であった。


宍粟には 薪のストーブ 売る店が

d0052263_12583290.jpg


[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-30 12:57 | 随筆 | Comments(0)

パントマイム

 ジョークを聞いて普通に笑うのがイギリス人、半分聞いたところで笑うのがフランス人、一晩考えて翌朝笑うのがドイツ人、それより新しいジョークを知っていると自慢するのがアメリカ人、微笑んでるけど全く分かっていないのが外国に住む日本人。


 随分と日本人を馬鹿にした話だが、良く分からないのに愛想笑いする日本人の癖を良く言い当てている。そのジョークが日本語なら、日本人も直ぐに笑うイギリス人と変わらない。


かように、言葉の違いでジョークがジョークにならないなら、言葉を使わないボディランゲージとしてパントマイムはどうだろう。


パントマイムは、言葉を使わず身体や表情で表現する演劇である。これなら、言語の壁は乗り越えて多くの人が楽しめるだろう。ただ、文化の違いで表現の異なる点は課題に残る。


 感動を 文字にまとめて 思い足し

d0052263_06571285.jpg



[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-29 06:55 | 随筆 | Comments(0)

会議の3S

 国際会議に出席する日本人を揶揄して、3Sと言うそうである。沈黙のSilence、微笑みのSmile、居眠りのSleepだと言うから笑えない。


 これは国際会議に限らず、国内会議や社内会議でも言える。物言えば唇寂し秋の風を承知した沈黙であり、同意している証の微笑みであり、結果任せの居眠りであり、戦術の一つ。


 それで事が旨く運べば、国際会議であろうがなかろうが構わない。そうでなければ、沈黙は止め、積極的に発言する必要がある。それはリスクを伴うことになるが、発言しないリスクよりリスクは小さい。


 要は、物の言い方が下手でも、発言の目的、その理由をはっきり言うことである。と頭で理解していても、発言したところで意味のない会議では、3Sも捨てたものじゃない。


 一夜明け 小春日和に 居眠りし


[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-28 06:49 | 随筆 | Comments(0)

もう冬

 長雨、猛暑、台風、大雨と続き、漸く秋が来たようである。野菜も病気になり、品薄から高値が続き、食卓には曇り空でも関係なく育つお蔭で値段の安いキノコ料理ばかり。


 野菜が高値の時は、無理して買わなければ良い。やがて市場に野菜が出回り、身体を芯から温めてくれる鍋物は、嫌でも野菜ばかりなるだろう。その頃はキノコが品薄で高くなり、今の状況を懐かしく想い出すことになる筈だ。


 その秋も急に冷え込み、冬が前倒しで来たようである。炬燵を居間の真ん中に据えて和洋折衷とした。エアコンの暖房も入れ、加湿器も作動させる。御蔭で、電気メーターが驚いて忙しく回り始めた。


「もう冬ですか」

座布団を敷いた椅子の上で丸くなる猫に訊いてみたが、閉じた目を開けようとはしない。

「野暮なことは訊くな」

 そう言いたげに薄目開け、大きな欠伸を一つした。


ハナミズキ 故郷真似て 葉を散らす


[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-27 10:12 | 随筆 | Comments(0)

嬉しい葉書

 電子メールが当たり前になり、手紙や葉書を貰う機会は皆無に近くなりました。中でも葉書は、文面が誰にでも見られるものだけに、個人情報が漏れたとか見られたとか言われる状況では珍しいものです。


 今朝のポスト、朝刊の上に一枚の葉書がありました。それは、四十年前に出会った恩人のものです。暫く連絡がなく、心配して電子メールを送ったものの返信がなく、何かあったのではないかと案じていました。


 さりとて、電話を差し上げるのも気が引けて、数か月も頭の隅に置いたまま、いつか連絡をくださるのではないかと心待ちにしていましたが、その甲斐はあったようです。葉書の裏面に書かれた内容は、元気が過ぎて約束し過ぎ、パソコンの調子も悪く、捌き切れない状況とのことでした。


そうしたことなど誰にでもあることですから、気にすることはありません。思い切って電話を掛ければ良いのですが、誰でも時間が過ぎるとためらうものです。そんな時は、情報のオープンな葉書が、心を表すには良いのかも知れません。


座布団の 上に座った 眠り猫



[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-26 10:54 | 随筆 | Comments(0)

殺虫剤散布

  樹木の育つ様子を近くに見るのは良いものである。出来れば何もしないで伸ばし放題にしたいところだが、隣に差し込む太陽を遮ってはいけない。時々、下手な手付きで剪定するか、年に一度、専門家に頼んで刈り込んで貰う。


消毒は出来る限りしない。それを知って、新芽を狙う虫がいる。ほどほどに葉を食べる分には良いのだが、食べ過ぎて葉を枯らしてしまう。大半の葉が枯れると樹木の未来がなくなる。


それは困るから、葉を食う虫と話し合いで解決したいところだが、アブラムシや毛虫には人の言葉が通じない。仕方なく、近場のホームセンターで殺虫剤を購入し、三脚に上って散布した。


風の向きを無視してはいけない。散布した薬が余分な場所に撒かれてしまう。幸い、無風であったから、思い切り葉裏に散布した。天に上がった殺虫剤は落ちて来る。それが顔に触れた。


三脚の位置を変え、その一番上に上る。上から撒くことは出来たが、葉裏に潜む相手には届かない。そこで下りながら、葉裏にも散布した。これで駄目なら、もう一度別の薬を散布する。


ひと仕事を終え、洗面所で顔を洗い、妻の淹れた熱い茶を飲む。これまで、殺虫剤に遭遇したことのない虫達の驚く顔が目に浮かぶ。後ろには、待ち草臥れた虎猫が散歩の出番を待っている。


炬燵には 寒さ知らずの 猫がいる

d0052263_09575702.jpg


[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-25 09:56 | 随筆 | Comments(0)

猫の放尿

 犬の散歩に自分の縄張りを誇示するマーキングは当たり前であるが、猫の散歩に付き合った際に見たマーキングに似た放尿は初めてのことである。


 妻が庭の隅に何やら植え掘り起こした泥の露出している場所で立ち止まった猫、前足で泥を後ろに掻いて、細い溝を掘るとその上に座った。屋内のトイレでは味わえない解放感に浸った猫の尿は、溝から溢れそうである。


 用を足し終えた猫、振り返ると前足で掻き除けた泥を掻き寄せ、現場を丹念に埋め戻した。それは少な過ぎることもなく、また多過ぎることもない。本能のなせる業であろうが、見事な手作業である。


 出来れば、家に入って泥を掻いた前足だけでも水洗いしてくれたら良いのだが、喉が渇いていないと水瓶には近寄ろうとはしない。仕方なく、濡れた紙で前足、後足、そして尻まで拭いてあげる。


 銀杏の 爆弾投下 避けて行く

d0052263_16322291.jpg


[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-24 11:38 | 随筆 | Comments(0)

大衆演劇

 各地の劇場を回り、一般大衆が分かり易く楽しめる芝居を演じる大衆演劇。半世紀前の故郷、祖母と一緒に観たことが一度だけある。その時は幼過ぎて芝居の内容が分からず、退屈な思いをしたものだ。


 老人と呼ばれる歳になり、改めてテレビ放送される大衆演劇を観れば、厚化粧をした役者が流行歌に合わせて踊る場面、同じく厚化粧の役者が流行歌を歌う場面、いつまで待っても芝居らしきものはない。


たまたま、人気役者による歌謡ショーであったかも知れないが、少しは芝居も演じて貰えたら良かったと思いながら、それが許されない事情を推し測る。今の大衆が求める娯楽でなくては、商売にならないのであろう。


それには、流行歌の歌詞内容に合わせて、厚化粧の役者が喜怒哀楽を表現する芝居が良い。主君の仇討ちや貧乏長屋の人情噺を分かり易く楽しく演じても、それに木戸銭を払う人は少なく、もはや大衆演劇にならないようだ。


  夢芝居 演じる役者 皆似てる

d0052263_10120709.jpg



[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-23 10:10 | 随筆 | Comments(0)

LINE入門

 世の中、無料通信の利用が大変増えているようです。一方、殆ど使用しない固定電話やガラパゴス携帯電話の料金を払い続けている人も少なくはありません。


それは、電話の価値が高い時代の後遺症のようです。大切な情報を伝えてくれる黒電話は、ケヤキ製の台の上に座り、通話が終われば思わず頭を下げたものでした。


それが、あれよ、あれよと言う間の通信技術の進展により、子供までスマートフォンを持ち、歩きながら操作する人に注意する広告まで流される盛況振りです。


こうした中、無料で通信を可能にするLINE等が登場し、自分も利用者の一人になりました。習うより慣れろと、LINEを始めたものの、勝手が分からず迷っています。


しかしながら、その成果は早くも初日から現れました。懐かしい方々から返信メールが幾つも入り、その返信に汗を掻いています。


この匂い なければ良いと 銀杏言い

d0052263_16325701.jpg



[PR]
by tabigarasu-iso | 2016-10-22 12:53 | 随筆 | Comments(0)