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白髪の旅ガラス

遅くなった祝い歌

 老人夫婦が姪の結婚式に出席した時のことである。姪から挨拶を頼まれ予め準備して式に臨んだものの、前の挨拶が長引き老人の出番はなくなった。

 めでたい祝いの言葉に歌、その日の内に披露しなくては気が済まない。帰路の車中は誰もが押し黙り通夜のようであったが、老人は結婚式で歌えなかった歌を歌っても良いか周囲の人に訊いてみた。

 誰も知らん顔をしている。老人は、どなたも異存ないようですので瀬戸の花嫁を歌わせて貰いますと言うと、練習の成果を見ず知らずの乗客に披露した。

 その時、車窓を見ると降車駅を既に乗り過ごしているのが分かる。それでも、老人は落ち着いて言った。

「乗り越してしまったようですから、もう一曲歌わせて貰えませんか」

 誰も異議は唱えない。

 老人が二曲目を歌い終えると、誰とはなしに拍手した。そこで、老人は暗記していた祝辞の最後の言葉を乗客に披露する。歌に祝辞、全て出し終えた老人夫婦は、失礼しましたと言い残して電車を降りた。車内は、老人夫婦の話題で笑顔に包まれたそうな。

梅の芽よ もう開いても 良いですよ


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by tabigarasu-iso | 2014-02-28 00:00 | 小説 | Comments(0)

珍しく床屋と話す

 23年間も通い続けている床屋ながら、これまで交わした会話は何種類もありません。
「いつものスタイルで」
「ええ」

 やがて洗髪の段階になり、次の問答になります。
「痒いところはありませんか」
「ええ」

 いよいよ散髪が終わり、合わせ鏡で後頭部の仕上がりを見せてから。
「お疲れ様でした」
「お世話様です」

 支払を済ませると、頭を下げながら言います。
「ありがとうございました」
「お世話になりました」

 かように、これまでは何の差し障りもない会話の連続でした。それが、今回はどうしたことでしょう。大雪の世間話から個人的な一人娘の話まで、ポツリ、ポツリと話しては鋏を止めます。

 平日の昼過ぎで、客足が途絶えて暇な所為もあったでしょう。それとも、そろそろ話し掛けても良い頃かと、これまでの考えを改めたのかも知れません。

髪染めて 春待つ翁 若返る
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by tabigarasu-iso | 2014-02-27 00:00 | 随筆 | Comments(0)

雪が融けて

 大雪の残党は、勢いを失い建物の北側で何とか生き延びようとして必死に堪えています。雪の気持を知らないのか、心の余裕がないのか、それを意地悪な人は見付けて、日の当たる場所へ投げ出して仕舞う。

 わざわざそんな無駄な作業をしなくても、週末の気温は17℃の暖かさが予定されていますから、いずれ融けて流れて水になります。そっと教えて上げようかと思いましたが、その人の聞く耳は閉じていることでしょう。

 何も言わず、駐車場の奥でメダカの群れが暮らす水の少なくなった池に水を足し、藻の下に隠れたメダカを探せば、それはそれは大きなメダカに育っています。その中には、力尽きた仲間が底に沈んで見えましたから、水が満ちたところで餌を撒きました。

 池から這い出しそうな勢いがあった水草も、冬場の寒さで枯れて小さくなり元気がありません。池の水量が増したところで、下向きの姿勢から水に浮いて生き返ったようです。餌を求めた大きなメダカは、その下を元気に泳ぎ始めました。

 降り過ぎた 雪に潰され 泣くハウス
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by tabigarasu-iso | 2014-02-26 00:00 | 随筆 | Comments(0)

機種変更は疲れます

 携帯電話やパソコンの機種変更は、地下鉄電車の乗り換えより複雑なものです。出来るなら避けたいことですが、人の定年と同じように古い機種は交替の時期が避けられません。

「これまでの機種と操作が変わらないもの、それが欲しいのですが」
「それも可能ですが、直ぐに慣れますから」
 そう説得されて最新の機種を買ったものの、どこをどう操作したら動き出すのか分かりません。

 操作マニュアルを読みましたが、初心者に近い自分には記載されている機能が何処にあるのか分からず、サービスセンターに電話を入れることにしたのです。
「マニュアルを読み、セキュリティーキーを入力しましたが、入力間違いのエラーが出て、それから先に進みません」

 小生の声から理解のレベルを察したのでしょう。
「入力するアルファベットの大文字と小文字の違いではありませんか。シフトキーが左下にありますから、それを押して入力してみてください」
「ええ、・・・あ、出来ました」
「そうですか、良かったですね」
 大昔、小学校に入って先生にほめられた時の喜びを想い出す瞬間でした。

 うるさいと 言われる相手に 感謝して
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by tabigarasu-iso | 2014-02-25 00:00 | 随筆 | Comments(0)

見た目で勘違いされ

 只今、稼動中のパソコンが壊れた訳ではありません。使用しているソフトウエアの有効期間が間もなく終了するとのことで、仕方なく新しいパソコンの買い替えに、ビッグな電気屋さんへ行くことになりました。

「どんな用途でお使いになりますか」
「・・・」
 店員から質問された若い人は購入する本人ではありませんから、還暦過ぎの自分を見詰めて黙ったままです。その人は、パソコンに詳しくない自分の為にアドバイスをしてくれる役に過ぎません。

「ワード、エクセル、パワーポイントが使え、日本全国の移動で電子メールが出来れば、それで良いのです」
 パソコンを買い替えたい自分は、店員の横顔に向かって答えました。けれど、店員は未だ事態を良く飲み込んでいないようです。

「軽い機種が良いのですね」
「ええ、重い機種は移動時に肩が凝ってなりませんから」
「そうですか」
 ここで漸く、店員は自分が利用者だと理解したようでした。

 勘違い される側の 身になって
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by tabigarasu-iso | 2014-02-24 00:00 | 随筆 | Comments(0)

審査報告書の読者

 審査報告書の作者は、審査を担当した審査員の他にはありません。それで読者は誰かと言えば、審査を受けた側と審査結果の合否を判定する委員会になります。

 審査員は、審査先の仕組みが規格要求事項に対して適合していることや、或いは残念ながら適合していないことを、審査現場を知らない判定委員会のメンバーに報告書だけで理解して貰わなければなりません。

 従い、審査報告書の内容は、審査先では既に承知の事柄ばかりでそれほど関心のない事柄も登場します。クレームの有無、環境事故の有無、目標の進捗など、既に審査先で把握している事柄は、その一例でしょう。

 審査先の一番の関心事は、登録が維持出来るか否かです。それに次ぐ関心事は、対応が必要な不適合や観察事項だけで、それ以外の内容は、参考になるものがあれば別として、殆ど読まれません。果たして、参考になるもの、どれほど盛り込むことが出来るでしょうか。

 その文書 誰に読ませる 読ませたい
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by tabigarasu-iso | 2014-02-23 09:34 | Comments(0)

後釜

 近場のボスとして君臨していた雄ブチ猫は、情報網の広いパーマ屋さんの話によれば車に轢かれて命を落としたそうだ。可哀想な最後であったが、縄張りを甘い鳴き声で歩くと、それを聞き付けた子猫や雌猫は怯え、住宅街の評判は余り良くなかったようである。

 ボスの居なくなった住宅街だが、やがて後釜が登場することであろう。それまでは、威張って鳴く猫の居ない静かな夜が続いていた。時に、若い雄の黒猫がボスの真似をして鳴いてみるが、腹の底から唸る技を知らない所為か迫力がない。

 他の猫もドングリの背比べで、ボスになりそうな猫は存在せず、争いのない猫の世界が続いている。時に、餌を取り合う小競り合いはあるものの、互いに血を流して争う人の世界とは大違いだ。

 先日、これまで見たことのない雄ブチ猫が現れ、仲良く餌を分け合っていた猫達を追い払い、悠然と餌を喰う場面に遭遇する。一見、かつてのボスと瓜二つだが、良く見れば脚が極端に短い。木に上ることは難しく、ボスの後釜にはなれないことであろう。

 大雪に 梅の枝先 折れて泣く
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by tabigarasu-iso | 2014-02-22 00:00 | 随筆 | Comments(0)

ムール貝のワイン蒸し

 落語では目黒の秋刀魚が有名だが、秋刀魚の旬が過ぎた真冬に目黒を訪れた旅ガラス、駅の傍にあるレストランに入り頼んだ品は、二切れのパンに生麦酒とムール貝のワイン蒸しだった。

 何故、ムール貝を選んだのか。秋刀魚がメニューになかったからで、それにムール貝は値段が安く温かくて量もあると聞いたからだ。担当の店員に他に何かと訊かれたが、充分な量を信じますからと答える。

 注文した品は直ぐテーブルに運ばれ、温かいムール貝をフォークで掘り出し口に入れ、その熱を冷ますように麦酒を飲み、一息突いたところで深い皿の底にあるスープを飲む。

「ムール貝は目黒に限る」
「はあ、ありがとうございます」
 意味不明ながら、愛想で答える店員に旅ガラスは追い討ちを掛ける。
「カラス貝も目黒に限る」
 店員は、相手の機嫌を損ねないよう曖昧に頷いた。

 目黒なら 美味い秋刀魚を 焼立てで
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by tabigarasu-iso | 2014-02-21 00:00 | 随筆 | Comments(0)

大雪に閉じ込められ

 一晩に一メートル近くも雪が降り積もれば、何処に何があるのか分からなくなる。それに、道路の除雪をしなければ何処へも行くことは出来ないし誰も訪ねて来ない。

 それでも、電気やガスが使えて照明も灯り暖も取れ、加えて飲み水と食料があれば暫く暮らしには困らないが、何れかが無くなれば生活することが困難になる。そんな地区には、外部から食料や燃料などを持参する救助隊が必要だ。

 車で移動中に大雪で進路を塞がれた人は、車内で暖房が効く間は良いけれど、燃料が空になれば寒くて辛いことであろう。それに、備蓄の飲み水や食料など殆どないことであろうから、雪の中を歩いて探しに行くか、これまた救援を待つしかない。

 大雪に閉じ込められた人の姿をテレビ報道で観るにつけ、その中に自分が居たなら今頃は何をしていることであろうかと、雪国育ちだけに他人事とは思えず、ついあれこれ心配してしまう。

 降り過ぎる 雪に覚えは ないけれど
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by tabigarasu-iso | 2014-02-20 00:00 | 随筆 | Comments(0)

いつまでも諦めない

 高台から滑り降りて空中を百数十メートルも舞うスキージャンプは、若い人であっても簡単には挑戦出来ない競技のようである。自分では想像するだけだから、ようであるとしか言えないが、それを二十年近く続けて遂に銀メダルまで獲得した選手は素晴らしい。

 更に素晴らしいのは、四年後のオリンピックにも挑戦すると宣言したことである。口で言うのは容易いが、体力を維持しながら競技で勝ち抜き、オリンピック選手に選ばれなければならない。

 そうした選手の高いハードルでも諦めない姿勢は、簡単に目標を諦めて楽な道を歩んだつもりでも、どこかに後悔のシコリを残したまま歩んで来た人に向け、もう一度挑戦する勇気を与えてくれる。

 それは還暦を過ぎた人にも言えるようで、定年を過ぎても諦めてはいけない。ただ、諦めない為には、諦めない目標を持つ必要がある。それがなければ、話題の選手の真似は諦めるしかない。

 目標を 失う時に 人は老い
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by tabigarasu-iso | 2014-02-19 00:00 | 随筆 | Comments(0)