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白髪の旅ガラス

馬橇

 雪の降る土地で暮らしている時には、雪が降るとまずは近場の雪掻きをして、車のタイヤにチェーンを着け、坂道は滑らないように注意し、長靴に雪が入らないよう気を配り、早く雪の降らない春が来れば良いと願っていたものです。

 ところが人とは勝手なもので、その土地を離れてみれば、雪の降る季節が懐かしく想い出されてなりません。大雪の降った翌朝、そこには無音の世界がありました。当然のことながら学校は休みになり、子供達は何をして遊ぼうか胸が高鳴ったものです。

 大人達は、雪掻きを終え暫くは囲炉裏に手をかざしていますが、いつまでもそうしてはいられません。小屋から馬を出し、何時もの荷車に替えて橇を着けました。それで、山から炭俵でも運ぶのでしょう。

 途中まで橇に載せて貰った記憶が蘇ります。雪の上を歩く馬は、ひずめ音が全くしません。それに、雪の上を滑る橇も荷車のような無骨な音はなく、天上を走る思いがしたものです。

 蛇よりも 想い出深い 馬が来て
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by tabigarasu-iso | 2013-12-30 00:00 | 随筆 | Comments(0)

初氷

 寒波が肌を刺す日本列島になりました。屋外に置いたタライの水も凍り、指先で軽く押してみましたが容易に割れません。

 これでは喉の渇いた猫や小鳥が朝になって水を飲めず、さぞや困ったことでしょう。そこで、気合を入れ拳で割ってあげました。

 気合を入れ過ぎた拳は、氷を通り越して水の中へ沈みます。しまったと思った時は既に遅く、そこで慌てると氷の破片で怪我をしますから、ゆっくり拳を引き上げました。

 その冷たいこと、引き上げた拳は外気に触れた途端に凍って行くようです。思わず息を吹き掛け、腋の下に挟み温めました。

 初氷 割って遊んだ 子も爺に
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by tabigarasu-iso | 2013-12-29 00:00 | 随筆 | Comments(0)

元の輝き

 普段、生活や仕事で使用する主な場所は掃除していますが、手の届かない場所は埃が積もったままです。それを取り除くには、暇な時に梯子を取り出し、そこに登ってホースで水を掛けブラシで擦るのが良いでしょう。

 そう思いながら、天気の良い日を狙っていました。けれど、この所の天候は太陽も顔を見せない寒いばかりです。仕方なく、覚悟を決めて窓ガラスや外壁の掃除を始めたところ、滴り落ちる水の黒いこと。

 それも、振り返って見れば当然のことでした。窓ガラスを掃除した覚えはありましたが、その上の壁まで洗った記憶などありません。外壁を塗り替えて十年余り経ちますから、一昔の汚れが溜まっていたことでしょう。

 夜間灯を覆う丸いガラスも外し、洗剤を着けて洗いましたが、どうした訳か上部のこびり付いた汚れは落ちません。研磨剤入りのタワシで擦れば簡単に汚れは取れますが、表面に傷が付いてしまいます。

 そこで、息を拭き掛け曇ったところに丸めた新聞紙で磨いてみました。すると、しつこい汚れも観念したのでしょか、汚れは見る間に取れてガラスも元の輝きを取り戻し、今では暗くなった玄関先を煌々と照らしています。

 年末に ガラス磨けば 心晴れ
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by tabigarasu-iso | 2013-12-27 00:00 | 随筆 | Comments(0)

師走の年賀状

 いつものことですが、師走に年賀状を書きながら、二つのことが頭をよぎります。身内に不幸な出来事がなく新年を祝う賀状の出せる幸せ、そして師走に書きながら本年も相変わらずと書く文章の可笑しさ。

 今年も、喪中につき年頭の挨拶を控えるとの葉書が何通か届きました。いつまでも気分だけは若いつもりの自分が既に還暦を過ぎていますから、仲間の御両親は更に高齢になり、順番に他界されるのも仕方ないことながら、出来る事ならいつまでも喪中葉書は出したくないものです。

 元旦に年賀状が届くようにと、今年は早目に年賀状を書いたものですから、クリスマスのジングルベルが鳴る最中、新年の挨拶文を書きながらその雰囲気には到底浸れません。新年を迎えたつもりになろうとしても、それらしい飾りは何処にもなく無理です。

 完成した年賀状の束は、何もしないでポストに入れたら年内に到着することでしょう。それは困りますから郵便局に持参すれば、局内の混雑は尋常ではありません。とは言え、自分と同じ気持の人の多さに安心する瞬間でした。

 年賀状 明けて出しても 良いのにね
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by tabigarasu-iso | 2013-12-26 00:00 | 随筆 | Comments(0)

巳年を振り返る

 この一年、新たに展開したもの、前年同様に継続したもの、仕方なく断念したもの、誰にも何れかに該当する案件はあったことでしょう。けれど、人様に紹介できる内容のものは、それほど多くはないものです。

 ちなみに、自分が巳年になり新しく展開したものは、野良猫達とのコミュニケーションです。トラ猫、クロ猫、ブチ猫と遭遇しては餌をあげ、家まで用意しましたが、野良猫のことですから、いつまで愛くるしい姿を見せてくれることでしょう。

 継続したものは、ウエブを利用した随筆の発表です。三百件以上になりますから、毎日のことであり、その執念たるは異常と思われても、殆ど病気だと言われても、正岡子規を真似していると言われても、その通りですから否定はしません。

 仕方なく断念したものは、ヤモリの観察です。野良猫に見付かり食べられてしまったヤモリ、腹に入って猫の一部になりました。その姿を観察出来ない淋しさは、人に鳴れない野良猫にアプローチして紛らしています。

 いつの世にも言えることですが、昨年末から始まった安部景気に乗った組織とそうでない組織に別れました。環境ISOコンサルや審査のサービスは、経済の実態が上向かなければ、利用数の増加は難しいようです。それでも、経済事情に応じたコンサルや審査サービスの提供に励む、それが午年を旨く乗り切る課題になることでしょう。

 馬の尻 上がるそばから 団子落ち
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by tabigarasu-iso | 2013-12-25 00:00 | 随筆 | Comments(0)

審査の価値

 審査を受けて登録を維持するだけが目的なら、審査費用は安く、何等効果的な指摘や改善提案もなく、審査員の教育などないから審査の一貫性もなく、受注までは熱心で審査前後の連絡が疎かな審査先でも良いだろう。

 そんな審査を受けても何等得るところはないから、何度も審査を受けていれば審査機関の費用や審査対応の社内経費が惜しくなる。いっそのこと、現場審査など不要の審査機関があれば良いと思うようになるだろう。残念ながら、現場審査の不要な審査機関などない。

 審査を受けながら、審査費用に勝る価値を生み出す審査機関はないものであろうか。それは、審査員の指摘で社員の気力が高まり、その結果売上が伸び、無駄が減り、社内体制も強化される審査機関を選ぶことであろう。

 審査の価値は、審査を終えた後で審査先の管理効果が上がることである。それが出来ない審査であれば、審査費用は捨て金になるだろう。例えば、審査費用が百万円であっても、売上が一千万円増え、無駄な経費が百万円減り、後継者が育つ審査であれば、一千万円のプラスと明るい会社の未来が見える。どちらを選ぶか、それは経営者の力量と言えるだろう。

 安物を 買って後悔 する審査
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by tabigarasu-iso | 2013-12-24 00:00 | ISOマネジメント | Comments(0)

野良猫の棲む家

 何処で暮らして居るものか、定刻になると餌を求めて我家の玄関前に現れる野良猫の群が去った後には、ナメクジが数匹落ちて蠢いている。人目を避けて何処かの土管の中にでも暮らしているに違いない。

 そこも冬になれば冷えて寒かろうと考え、野良であっても雨や雪から身を守る小屋を用意したが、その前を何度通っても中に入ろうとはしなかった。冷えないように古い座布団を敷いてあげたが、中が奥まで見え過ぎるのか敬遠して入らない。

 そこで古い毛布を一枚折り畳み、猫一匹がやっと入り込める間口にしてみた。それでも、猫達が入り棲み込む気配はない。誘いとして、餌の皿を毛布の上に置いてみたが、皿は空にしても棲むことはなかった。

 氷雨の落ちる夜のこと、ついに覚悟を決めた黒猫二匹が入り込む。暗い中で良く見えないが、確かに目玉四個が光っている。余り頻繁に覗けば落ち着かないだろうと、時間を置いて様子を見に行けば、入り口近くに鼾を掻いて眠る黒猫の背中が見え、その奥には外を見張る猫の目玉が二つ光っていた。

 情けなく 野良猫濡らす 冬の雨
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by tabigarasu-iso | 2013-12-22 00:00 | 随筆 | Comments(0)

緊張の糸が解れ

 度々登場する野良猫のクロ、時々家の中に入り込み、人間の生活現場を興味深く観察しては、それに飽きると外に出してくれとも言わず、黙って玄関のドアの前に腰を下ろします。

 その姿が愛らしく、また寄りなさいとは言わずにドアを開ければ、外で野良猫のチビクロが無事に出て来たクロに身体を摺り寄せ、さも心配していた妻のように出迎えるではありませんか。

 雪も降りそうな寒い夜のこと、クロが家に入り込み腰を床に下ろして当方を見ています。炬燵に入ったまま、そちらを見て見ない振りをしていれば、クロの瞼が下がって居眠りするのが分かりました。

 やがて、クロは人前では見せたことのない腹這いになり、目は閉じたまま更に頭を布団の上に落とします。野良では何処から雄猫が威嚇するのか知れず、同じ雄猫のクロの神経は張り詰めたままでしょうから、ここに来て漸く緊張の糸が解れたのでしょう。

 暫く屋敷猫のように丸くなって寝た後、腹這いのまま体毛を舐め、目脂など前足で取り除き、すっかり身支度の整ったところで起き上がり、野良猫のクロは迷うことなく玄関のドアの前で腰を下ろします。

 緊張の 糸が解れる 暖炉前
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by tabigarasu-iso | 2013-12-21 00:00 | 随筆 | Comments(0)

三年目の審査

 審査の世界にも、やってはいけない事柄を定めた倫理規定があります。その一つとして、審査員は審査時にコンサルティングを行ってはいけないことがあり、立会いのコンサルタントも発言を許されない条件ですから当然のことと言えましょう。

 また、コンサルタントで審査も行う者は、過去2年間にコンサルティングを行った相手に審査を行うことは出来ません。自分で支援した内容には責任がありますから、コンサルティング中に審査が出来ないのは当然として、コンサルティングを終えても2年間は利害関係があると看做されるようです。

 コンサルティング契約は1年間ですが、2年目以降の契約を終えた時点でも支援した内容は相手先で生きていますから、審査の独立性が難しくなることを考慮し、2年間の冷却期間が設定されたものでしょう。

 こうした冷却期間を置いた3年目、コンサルタントは元コンサルティング先を審査することが可能になります。相手先の仕組みに関して、良い点も改善する点も充分に知り尽くしていますから、これほど理想的な審査はありません。ただ一つ、情に流されないようにすること、それが必須条件です。

 コンサルが 審査に変わる 三年目
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by tabigarasu-iso | 2013-12-20 00:00 | ISOマネジメント | Comments(0)

野良猫の決闘

 静かさが取り柄の住宅街、それも真夜中となれば更に静かさを増し、この世とはとても思えない。その時、静寂を破る甲高い叫び声は、夜勤が当り前の野良猫のものに違いなかった。

 只今の季節は冬、恋の季節ではないから縄張り争いであろう。威嚇するだけなら良いが、牙で相手を傷つけてはいけない。状況確認に外へ出てみれば、チビクロと名付けた子猫の逃げる姿が闇に消えた。

 それで静かになるかと思えば、対戦相手は未だ闇の中に居る。ヒャーと鳴き一太刀浴びせたつもりか、雌のトラ猫がチビクロの後を追って闇に消えた。すると、勝ち残った余裕を歩みに見せて、雄の大きなブチ猫が現れる。

 それが己より大きな人を見上げて、甘えるように鳴いた。腹が空いて争うのは動物の本能でも、大きな雄猫が子猫や雌猫と縄張りを争うようでは情けない。そのまま餌はあげず黙って扉を閉めると、ふて腐れた雄猫はミャーゴ、ミャーゴと鳴きながら去って行く。

 冬の夜 猫の争い 捨て置けぬ
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by tabigarasu-iso | 2013-12-19 00:00 | 随筆 | Comments(0)