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白髪の旅ガラス

味噌カツ

 これまで、名古屋名物の味噌カツ、噂に聞きテレビで観るだけのものでした。幾度か食べる機会はありましたが、カツと味噌の組み合わせに決心が付かず尻込みをしていたのです。

「どうです、味噌カツでも食べて帰りませんか」
「良いですね」
 これまで敬遠していたことなど微塵も見せず、営業スマイルで答えました。

 店の前で待つこと十数分、漸く店内に入って待つこと十数分、味噌カツは人を待たせることが得意のようです。漸く姿を現した味噌カツは、想像していたものとは大きな違いがありました。

「普通のカツに見えますが、注文、間違えたのかな」
 自信なく言えば、慣れた客人が笑いながら言います。
「味噌ダレをかければ味噌カツになりますよ」
「・・・」

 何と人騒がせな名の付け方でしょう。そう思いながら口にすれば、カツと味噌の仲の良いこと。これまで敬遠してきた過去、勿体ないことをしました。

 味噌カツよ 醤油カツにも 直ぐなれて
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by tabigarasu-iso | 2013-10-31 00:00 | 随筆 | Comments(0)

三畳一間

 ♪三畳一間の小さな下宿♪
 そんな歌詞が口から飛び出すホテルの小さな部屋は珍しい。ドアを開けて一畳、その奥の二畳にはシングルベッドが威張って横たわる。デスク代わりの円卓には、携帯パソコンを置いたら空きがない。

 部屋に見合った浴室も半畳ほど、その半分をトイレが占める。入り口は押し込み扉、トイレに座れば扉が開かぬ。髭剃りも歯ブラシもなくて、鏡の下はすっきりしたものだ。

 それでも部屋に小さな画面のテレビはあって、その下には片手で持ち運べそうな愛らしい冷蔵庫もある。冷す物など何にもないからそれはそれで良く、気分転換にテレビを点ければ、贔屓の野球チーム惨敗で直ぐに消す。

 小さな部屋に響くのは空調の音ばかり。
 ♪三畳一間の小さな下宿♪
 こればかり頭の中で繰り返す。
♪こんなホテルもたまには良いさ♪
 仕上げに歌詞を追加する。

 合理的 過ぎるホテルの すきま風
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by tabigarasu-iso | 2013-10-30 00:00 | 随筆 | Comments(0)

ドングリ不作で困る熊

 人は紅葉狩りなどと言って山の変化を楽しむ季節だが、冬眠前の熊は餌を充分に食べ、長い冬場を乗り切るのに必死であろう。ところが、今年の山は餌になるドングリが不作のようだ。

 鹿や猿も、山に餌がなければ、人里に下りて農作物を餌にする。当てにする畑に餌がなければ、民家で備蓄した食料にも手を出す。

 それは、山で暮らす動物ばかりではない。人も腹が減れば、悪いこととは知りながら、他人の作った芋やカボチャに手を出すかも知れない。

 山のドングリが不作で腹を空かせた熊は、人の作った穀物を探してうろつき回る。人に見付かれば、申し訳ないと知りながら手先の鋭い爪で攻撃するかも知れない。

 そんな悲しい事が起こらないよう、ドングリの実る落葉樹林を積極的に増やし、実り豊かな山にしたいものだ。熊出没のニュースを耳にする度、そう思う。

 狩猟から 農耕熊に なれないか
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by tabigarasu-iso | 2013-10-29 00:00 | 随筆 | Comments(0)

空き缶の今昔

 毎月二度、家庭から出る廃金属と廃ガラスを市役所の収集運搬車が回収してくれます。大変有り難い事ですが、収集運搬とその後の処理費用は市民税で賄われていますから、当然のサービスと言えるでしょう。

 それでも、自ら廃棄したものを処理して下さる人へ感謝は忘れません。中でも、自分でも呆れてしまう麦酒の空き缶を出した時など、早朝から額に汗して回収する人には済まないと心から思います。

 ところで、空き缶に比べれば空き瓶の廃棄量は殆どないに等しい。一升瓶で酒や醤油が販売されれていた頃は、空き缶など缶詰くらいしかなく、その缶詰も風邪を引かないと食べられない代物でしたから、再利用に回す空き瓶の全盛時代でした。

 今は空き缶が全盛の時代になり、回収された空き缶は溶かされて再度缶に生まれ変わる。そして、中に冷えた麦酒を詰め込み、また会いましたと言ったそばから捨てられ、市役所の収集運搬車に載せられて行くのです。

 脇締めて 一気に運ぶ 秋の缶
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by tabigarasu-iso | 2013-10-28 00:00 | 随筆 | Comments(0)

本音

 人は智恵のある社会的な動物ですから、仕事現場では組織の意向に沿い恙無く行動するものです。それが自分の意思に叶う場合と叶わない場合とがありますが、組織で生き抜く為には、自分の意志が叶わなくても叶った振りをしなければなりません。

 それは大変なストレスになりますから、何処かで本音を語る必要があります。それが出来なければ、ストレスで押し潰されて胃潰瘍や神的な疾患に陥るか、それともストレスを前向きに捉え組織の頂点に立つ大物となることでしょう。

 大半の人は組織の頂点に立つことはなく、ストレスを内側に向けて心身を壊すことになります。そうならない為に必要なことは、本音で語る場を設けることですが、その場は自ら積極的に設けなければいけません。

 どうしたら、さような場を設けることが可能になるのでしょうか。まずは、自ら飲食に誘ってみることです。それも何度か試み、建て前に交えて少しばかり本音で語ってみましょう。

 その本音に正面から答えてくれる相手に巡り会えたなら、もう少し本音を増やして語る。更に、それにも正直に答えてくれたなら、今度は相手の本音に耳を傾けましょう。こうして、互いに本音で語る時間が少しでも持てれば、人生は幸いです。

 本音でも 言って良い人 悪い人
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by tabigarasu-iso | 2013-10-27 00:00 | 随筆 | Comments(0)

沈黙の秋

 ある日、環境マネジメントシステム更新審査で審査員が言いました。
「皆さんが想定されていた内容と違った質問をされ、戸惑ったことでしょう」
「・・・」
 その日、審査を受けた側は審査員が何を質問しているのか分からず、沈黙する場面の多い審査でしたから、そう言われても誰も返事のしようがありません。

 その時の審査員は懲りず、勝ち誇ったような表情で言いました。
「今回の審査、皆さんの想定していた適合性の審査に加え、有効性の審査を混ぜたものでしたから」
「・・・」
 さらに、審査員の言うことが分からなくなったようです。審査会場は、「沈黙の春」ではなく「沈黙の秋」になりました。

 かような審査は、残念ながら希なことでありません。有効性の審査など聞いたこともない相手に対し、相手が分かっているのかどうかも確認しないまま、目標やそれを実現する施策は適切でない、こうしたらどうですかと偏見に満ちたコンサルを展開するのです。

 審査員は、コンサルをしてはいけない。また、コンサルは、審査の場では発言してはいけません。立会いのコンサルが沈黙しているのも忘れ、審査員は堂々とコンサルを展開しています。

 それが的を射ていれば、恐れ入りましたと頭を下げるのが潔いコンサルですが、的外れのアドバイスでルール違反を繰り返す審査員には、呆れて物が言えません。これには、審査を終えから軌道修正するほかないようです。

 自我自賛 それが審査の 勘違い
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by tabigarasu-iso | 2013-10-26 00:00 | ISOマネジメント | Comments(0)

ラーメンに半チャーハン

 ラーメンだけで栄養は充分だが御飯物も欲しい。そう腹が言うものだから、いつも行く中華ソバ屋で珍しくラーメンに半チャーハンを注文した。
「どうしたの、珍しいこと」
「そう、初めてのことだね」

 まさか、腹が言ったとは、隣の知らない人に勘違いされるから言えない。それほど店内は混み合っていた。そこで、手荷物を椅子に置こうとした妻に注意する。
「荷物は卓の下に置こうか」

 ふと横を見れば、隣の人は紙袋を椅子に置き、何食わぬ顔でラーメンを啜っていた。妻に言った言葉が聞こえたかも知れない。けれど、紙袋はそのままだから、無視されたようだ。

 出て来た熱いラーメンを啜り、チャーハンも掻き込み終える。妻もラーメンを食べ終えた。
「さあ、出ようか」
「そうね」
 吹き出た汗は、店を出てから拭くことにする。

 ラーメン屋 今度カツ丼 食べようか
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by tabigarasu-iso | 2013-10-25 00:00 | 随筆 | Comments(0)

生き残るガラケイ

 生き残るまでは分かるが、ガラケイは分からない。本文を読んで、ガラパゴス諸島に取り残された大きなトカゲやカメのように、日本だけで生き延びる携帯電話のことだと知る。

 それなら自分が使っているものだから、今後も生き残るとは有り難い。それでは、ガラパゴスのゾウガメのように絶滅危惧種かと思えば、未だ日本では多数派のようである。

 確かに、今流行のアイフォンに比べて機能は少ないが、それすらも充分に使いこなしていないから、敢えて流行を追う必要もないだろう。そんな人が多いと知り、ガラケイも提供し続けるようだ。

 そもそも、日本語は世界的にみればガラパゴス諸島のオオトカゲと同じで、日本という小さな島でしか通用しない。従い、ガラケイが良く似合う民族と言えるだろう。 

 そんなガラケイ民族でありながら、日本語を充分に使いこなせない大人が増えている。まずは、日本語を習得したうえで、道具としてガラケイやアイフォンを使いたいものだ。

 道具替え 中味空では いと寂し
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by tabigarasu-iso | 2013-10-24 00:00 | 随筆 | Comments(0)

玩具売場

 妻と二人で孫娘の誕生日プレゼントを買いに駅傍の△デパートへ行く。玩具売場を探したが見当たらない。店内を見渡しても幼児の姿はなく、疎らに見えるのは客待ちの店員ばかりである。

 駅を挟んだ別の〇デパートに移動した。そこに玩具売場の表示を見付け、のんびり上昇するエスカレータに呆れ、いつもの癖で駆け上がり、玩具売場を足早に目指した。

「あったぞ」
 隣に居る筈の妻に声を掛けたが返事がない。横を見ると知らない人である。さて、我が妻は何処に居るのやら。

 振り返ると、見覚えのある顔が後の方で笑っている。歩く速度を落として妻を待つ。
「知り合い」
 そう訊かれたが、弁解するのも恥ずかしくて首を振った。

 デパートに 玩具が消える 時代かな
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by tabigarasu-iso | 2013-10-23 00:00 | 随筆 | Comments(0)

無情の雨

 夕方から雨足が強まり、やがて我家は雨音にすっかり包まれてしまった。素直に落下する雨は、迷って窓に打ち当たることはなく、ひたすら道や庭を目指す。

 幾ら素直な雨でも、休みなく降り続ければ量が増して雨水溝から溢れ出し、川の水位を上げて、周囲にあるものが何であっても押し流す暴挙に出ることだろう。

 先日、伊豆大島に降った雨は、山津波を引き起こして多くの人命を奪った。未だ、行方不明の人が居て捜索作業の最中である。その作業も、人の心を知らない無情な雨で中断するしかない。

 そればかりか、崩れ易くなった山肌に遠慮なく降る雨により、再び土砂が押し流される可能性がある。今度ばかりは、多くの住人に対して避難勧告が出された。これが先日の夜も出ていたなら、そう考えてしまう。

 久し振り 雨中歩き 手紙出し
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by tabigarasu-iso | 2013-10-22 00:00 | 随筆 | Comments(0)