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白髪の旅ガラス

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時を駆ける爺

 45年前に発行された筒井康隆氏の小説「時を駆ける少女」の映画を初めて観た還暦の男は、「時を駆ける爺」を思い付いた。

 過去に戻る手段はさておいて、二人は40年の時を駆けて20歳の時に戻る。男は、長い髪を肩まで垂らし、細いジーパンに太いベルトで腹を締めた。女は、目も醒めるミニスカートに恥じらいなく着替え、長い髪に手櫛を入れる。

 金も着物も車も冷蔵庫も洗濯機も電話もなくて、共同のトイレに風呂は銭湯で女の長湯を男は待つことに慣れた。たまの贅沢と言えば、ラーメンライスの中華屋の前を通り過ぎ、気取ったレストランで慣れないナイフとフォークを使う。

 四畳半一間のアパートも、小さな折り畳み式テーブルを開いても広く、財布の中身はなくても何とかなるさと鼻で歌い、仲間を集めて未来を語れば夜は更けた。

 けれど、女は男と離れて渡英することになり、その当時は聞かなかった訳を男は聞く。
「四十年後も一緒であれば、その時に教えるわ」
 女は、笑いながら答える。
「それが良い」
 男は、強がりを言った。

 昼寝する 女の鼾 蝉払い
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by tabigarasu-iso | 2012-08-28 06:24 | 小説 | Comments(0)

 田舎の母が東京で働く息子に招かれて、宿泊先のホテルから夜景を見て言った。
「あれまあ、東京にも蛍がいたね」

 思わず、息子は老いた母の皺に包まれた顔を見る。そして、空ろな眼を確認して言った。
「母さん、しっかりしておくれ」

 悲しそうに見詰める息子の眼を見て、母は息子の勘違いを知る。
「おまえ、母さんは呆けてはいないよ」

 本人の言葉を信じられない息子は、母を傷付けないように頷いた。
「馬鹿だね。高層ビルの屋上で点滅する灯りを見てごらんよ。蛍のように見えるから」

 都会には 蛍も眠る 夜はない
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by tabigarasu-iso | 2012-08-27 08:27 | 随筆 | Comments(0)

旨い質問

 相手の弱点ばかり責め続ける詰問は、相手の感情を損ねるだけです。また、それを長いこと聞いていると、こちらが責められているような気持になって面白くありません。

 相手の立場や心情を理解しながら、課題解決の提案を行う意見は好ましいものです。相手の顔にも笑顔が浮かび、それを観る者を飽きさせない。つい、休み時間の終了も忘れて最後まで観てしまいます。

 揚げ足を取るだけの詰問は、問題の本質を忘れたものですから、得意気に取り消しを迫る姿は感心しません。相手が頭を下げたところで、何の進展もなく時間の浪費です。

 相手の事情を察しながら問題点を明らかにして、対応方法の提案とそれに協力する自分の姿勢を明らかにすれば、相手は改善点を素直に認めて質問者に協力を求める前向きな討論になるでしょう。

 カナカナに 想い伝える コツ聞いて
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by tabigarasu-iso | 2012-08-26 01:12 | 随筆 | Comments(0)

素直になれない時

 ある放送局の朝の連続ドラマの人気が高いそうである。主人公の若い女医さんの素朴さと彼女を取り巻く下町の人情に安心するのであろう。

 素人の演芸会を観ているようで、昔のそれを知らない若い人には新鮮に映るようだ。それを知る人には、懐かしさが込み上げて来ると言う。

 そのなかでも、女医の父親の頑固な演技がわざとらしく、主人公の演技力不足を補ってバランスが取れている。

 主人公の性格を極端にした母親が家出しても、素直に戻って呉れと言えない父親は、自分から家に戻った妻に背を向けて言った。

「娘の作る食事は不味くて堪らん。二度と出て行かないで呉れ」
 こうした、素直になれない頑固親父の科白には、沢山の同類が自分の事だと頷いたことであろう。

 ありがとう 傍に居て呉れ 百日紅
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by tabigarasu-iso | 2012-08-25 12:30 | 随筆 | Comments(1)

真昼の決戦

 営業と称し喫茶店で高校野球全国大会の決勝戦をテレビ観戦している同輩は大勢居たことでしょう。勤務中のつもりですから、携帯電話が鳴れば席を立ち、歓声の届かない静かな場所で応対しなければなりません。

 大阪桐蔭の長身のピッチャーは、高校生とは思えない速球を投げ続けていました。連投で肩を壊す恐れなど、一向に苦にしていません。投げるだけでなく、打席に入ればホームランを狙う意気込みもあります。

 一方、光星学院の打撃力も負けてはいません。どちらかと言えば、やや太り気味の選手の力強いバットスイングは小気味良く、大会中のホームラン数は何処かの監督が羨むことでしょう。

 両チームとも、満塁のピンチを乗り越えるスリル満点の試合運び。それに水を差すのは、テレビ画面の隅に現れる関東の東京、埼玉、千葉の高温注意情報でした。まさか、甲子園の熱戦と競い合うつもりはなかったでしょうね。

 炎天下 打撃に勝る 投手かな
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by tabigarasu-iso | 2012-08-25 08:25 | 随筆 | Comments(0)

避暑も色々

 暑い日には避暑地に出掛けるのが良い。軽井沢の別荘で避暑の出来る人は別として、身近な所では、冷房の良く効いたデパートに出掛けて買う当てもない品を見て回るのが良いだろう。

 電車やバスに乗るのも良い。ただ、乗車した途端に鳥肌が立ち、長く乗っていれば霜が降りそうであるから、目的の駅で急いで降りる。

 オフィスは、節電が徹底しているから避暑地には向かない。それに、仕事で熱が入るから、否応なしに汗が滲み出す。

 電話も鳴らず急ぎの用もなければ、パソコンを睨む振りして目を開けたまま居眠りすれば良い。そんな器用なことは訓練しなければ無理だが、中には達人が居るから真似てみる。

 こうして、会社で席を暖め室温を上げてばかりでは、その会社は潰れてしまう。それでは困るから、避暑を兼ねた営業に出掛けよう。

 それには、冷房の良く効いた駅構内をゆっくり歩き、冷房の良く効いた電車に乗り、冷房の良く効いたバスに乗り換え、客先で冷えた麦茶など馳走になれば良い。

 この暑さ いつまで続く 彼岸花
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by tabigarasu-iso | 2012-08-24 08:24 | 随筆 | Comments(0)

水を飲む

 そう滅多にはないことだが、残暑の厳しい中で体温を超す気温になる地域が現れた。人により平熱は35℃から37℃ほどの幅があるが、熊谷や秩父では高い方に近い気温である。

 気温が体温を超せば、身体から熱の伝わる先がなく、逆に外から身体へ熱が入るばかり。水分を補給すれば汗が出て、その汗が気化する時に身体の熱を奪ってくれる。

 こんな当り前のことが、何かに熱中すると忘れられてしまう。炎天下でのスポーツやその応援で倒れる人は、場を弁えない熱中症で本当の熱中症になる典型的な例であろう。

 ただ、家の中でも熱中症に罹る。柱に駆けた寒暖計を見れば、体温と同じ35℃の気温になった。だが、夏は暑いのが当り前と冷房も点けず、扇風機を回して汗も掻かず、喉も乾かないから水も飲まず、そんな人は熱中症になりやすい。

 また、冷えた麦酒だけは暗くなるのを待って戴く人も、水分の補給が不充分であり、体内に熱が籠って熱中症で倒れる可能性が高いから、昼は水を積極的に飲むことを勧める。

 水槽の メダカ頼むと 氷入れ
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by tabigarasu-iso | 2012-08-23 08:23 | 随筆 | Comments(0)

雪の夢

 節電に熱心な余り、エアコンを控えて、扇風機の生温い風を受けている。額の汗は、滲み出ては乾いて、水分の補給がなければミイラになってしまう。

 そうなっては、お仕舞である。カーテンを閉めた暗い部屋で、少しだけエアコンを点けてみよう。大したもので、直ぐに冷気が身体を包み心地良くなった。

 気付くと瞼は閉じている。どうやら、夢を見ているらしい。それも、真冬のホームに舞い落ちる雪を背広の肩に受けながらであるから、真夏の炎天下に外で働く人から見れば贅沢なものである。

 それにしても冷え方が厳しい。このまま眠っては凍死する。そう思って自分を揺り起こす。エアコンの真下で腹に腕を回し、寒さに耐える自分に呆れてしまう夢を見た。

 眠れない 夜に見ないで 昼の夢
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by tabigarasu-iso | 2012-08-22 08:22 | 随筆 | Comments(0)

ミリの命

 バケツの中に飼っていた数ミリのメダカだが、センチのサイズまで成長するものも現れた。大きな水槽に移してあげなければ、猛暑の中で水温も上がり酸素不足になる。

 新しい水槽を購入して居間の中に据え、バケツのメダカを引っ越した。水の循環と濾過する機能も付き、砂利に水草も植えた水中をミリのメダカとセンチのメダカが仲良く泳ぐ。

 夜には照明も点灯する人間好みの環境に移ったメダカの群は、一匹たりとも静止することなく上下左右を泳ぎ回り、見守る飼い主を厭きさせることはない。

 ところで、元の棲みかにも改めて水を張り浮き草を置く。そこに産み付けたメダカの卵が孵るかも知れない。予想通り、二日後には数ミリのメダカが一匹泳ぎ出す。

 松島や 水面に落ちる 松の枝
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by tabigarasu-iso | 2012-08-21 00:43 | 随筆 | Comments(0)

マンネリ脱却の審査

 それで願いが叶うなら、マンネリでも良い。そうでなければ、何としてもマンネリから脱却することが必要になる。

 だが、マンネリから脱却するには、現在の活動が型に嵌り、現在の製品やサービスでは将来が危ういと言う認識がなければならない。

 それがタイムリーに出来る組織は、代を重ねることが出来るが、そうでない組織は泡の如く消えて行く。

 環境ISOは、仕組みの継続的な改善を求めているから、マンネリから脱却するには具合の良い道具である。

 けれど、そのことを承知している組織は以外に少ない。環境ISOを導入して十年が経つ組織から入った審査時の要望は、マンネリ脱却の視点から審査を展開して欲しいとのことだった。

 環境ISOにおけるマンネリ脱却の要点は、環境方針で約束する仕組みの継続的改善をトップ自らが行うことである。

 その為には、環境方針で何を目標とするのか、マンネリ脱却の目標をトップが明らかにしなければならない。

 さもなければ、現場で勝手に目標を設定することになり、マンネリ脱却する前に組織は消えてしまう。

 こうして、環境方針にマンネリ脱却の目標枠を設ければ、現場はそれを実現するための目標を設定する。

 そして、日常点検では目標管理を励行し、内部監査では手順励行の度合いを検証するシステム監査に加え、目標の達成度を検証するパフォーマンス監査も行う。

 マンネリ脱却の仕上げは、トップが行う見直し作業である。マンネリ脱却を核にした環境方針を実現する観点から、目標設定や目標達成度が十分か、経営の視点から評価すれば良い。

 こうした内容を審査先で議論することが出来れば、マンネリ脱却の要望に応えることになるだろう。

 秋風に 吹かれて浮ぶ アイデアか
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by tabigarasu-iso | 2012-08-20 08:37 | ISOマネジメント | Comments(0)