ブログトップ

白髪の旅ガラス

<   2012年 03月 ( 35 )   > この月の画像一覧

季節の先を読む

 足元ばかり見詰めて
 一喜一憂していては
 ふらついて歩けない

 少し先を見て歩けば
 明るい世界も見えて
 動きが安定してくる

 寒い冬も終りを告げ
 花咲く春を見越して
 猛暑の夏に慌てない

 やがて落葉の季節に
 冬ごもりの薪集めて
 暖炉で春を語ろうか

 辰の年 昇らなくて 何とする
[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-31 11:27 | 随筆 | Comments(0)

宿題のない春休み

 小学生時代の夏休みに冬休み、それほど苦にはしてはいないものの、日記などの宿題がありました。それでも、頭の隅に課題として消えることはありませんから、悩みの種に違いはありません。

 それがないのは、学年が一つ上がるか卒業する春休み。担任の先生が間違いなく替わり、宿題を出す意味がありませんから、遊びと野良仕事の手伝いで毎日が充実していました。

 そう、昔の休みは現代とは異なり、田舎で暮らす小さな子供は、何かしら家の仕事をしていたものです。学校の宿題より家の手伝いの方が重要でしたから、宿題のない春休みは子供ながら有り難く思いました。

 時代が変わり、子供達は学校が休みになっても塾通い。どの子供も真剣に勉強ばかりとは思いませんが、春休みもない時代の子供ではなくて良かった。何しろ、丸暗記の勉強は、遊びも兼ねた野良仕事より遥かに辛いことでしょう。

 梅の花 止せば良いのに 桜花待ち
d0052263_89685.jpg

[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-30 08:09 | 随筆 | Comments(0)

こんな筈ではなかった

 そうとは知らないで街中に出掛ければ、コートの重さを感じる一日になりました。歩道脇に植えられた若い桜の芽が大きく膨らみ、明日にも咲きそうです。

 その姿を写真に撮ろうとした時、桜の声が聞こえました。
『奇麗に咲いてからにしてくださいませんか』
 
 頷いて先を急げば、植え込みの奥に見事な真紅の椿の花が咲いています。躊躇することなくカメラに納めたものの、携帯電話のものですからズームが効きません。

「こんな筈ではなかった」
 携帯電話のメモリーから再生した椿の花は小さくて、思わず呟きました。

 山茶花に 見飽きた頃の 椿かな
d0052263_8551498.jpg

[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-29 08:50 | 随筆 | Comments(0)

無休

 本人は休んでいるつもりでも、臓器は休みなしに働きます。

 永久に働き続けるものはなく、いつかは休むか、働くことを止める時が来ることでしょう。

 一時的な休みなら再び働きますが、働きを止めてしまえば命は終わり。

 平均寿命は判っても、あくまで個体差を平均化したものですから、その時は誰にも判りません。

 けれど、何となく自分の寿命も同じと勘違い。

 養生している人と無茶な生活をしている人では、臓器の疲労度も違う筈です。

 果たして、年中無休の臓器は元気でしょうか、知らない所で疲れていないでしょうか。

 自分で問診し、不安な点は専門医に確認して貰います。

 命とは 閉じる時まで 無休なり
d0052263_18362850.jpg

[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-28 18:36 | 随筆 | Comments(0)

山は冬

 すっかり春めいて、新年度を迎える季節になりました。
 梅の花も慌しく咲き乱れ、桜の開花準備も整ったようです。
 旬の山菜も出回り、何処も春の只中かと思いました。
 山間部は辺り一面雪景色、フキノトウの出番は先のようです。

 松林 吹きぬく風に 春を聞き
d0052263_17573739.jpg

[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-27 08:02 | 随筆 | Comments(2)

 遠路のコンサルは、新幹線を使い前日に移動することが多い。それが近場の場合、ラッシュアワーの時間帯に移動することになる。

 幸い、乗り込んだ駅では座る事が出来たが、次第に車内は混み合い息苦しくなった。その中で、他人の事など一向に気にしない賑やかな声が聞こえる。

 そちらに目を向ければ、大人の腰の間で無邪気に話す小学生が数人。混雑など当り前、こうして通学を楽しむのよと、周囲の大人達に教えているようである。

 人に押されて、その集団が目の前に移動して来た。近くで見れば余りにも幼くて、背負った鞄に押し潰されそうである。

 それでも、仲間の声には反応して小さな身体を揺らしながら、手には本を開いて続きを平然と読む。

 年度末 人身事故に また遭って
d0052263_128256.jpg

[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-23 12:08 | 随筆 | Comments(2)

産直市場

 旨い野菜だから安売りはしない
 生産者の感覚から経営者意識へ
 旨くて安心できる野菜が欲しい
 多少値段は高くても購入したい
 そんな両者の思いを産直市場に
 同じ事はサービス業にも言えて

 どの道も 通じるコツの あると知り
d0052263_2118951.jpg

[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-22 21:18 | 随筆 | Comments(0)

春を横断的に見る

 武蔵野線で南浦和から府中本町まで、あちらこちらに残る林を眺めながら移動した。東京中心の交通網からみれば、春の芽吹きを横に観たことになる。

 けれど、もうすぐ卯月だと言うのに林の梢は伸び悩んで何となく淋しい。このところの厳しい寒さの所為で、梢の新芽も尻込みしているようだ。

 とは言え、梅林の花は今を盛りに咲き乱れている。まごまごしていれば、桜の開花に追いつかれ、主役になるチャンスを失ってしまうから、必死の開花であろう。

 それは、梅や桃それに桜が揃って開花する山間部では珍しいことではないが、常に先んじていた平野部の梅にしてみれば、我慢ならない事態かも知れない。

 そのうちに 花は咲くさと 蕾言い
[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-22 13:00 | 随筆 | Comments(0)

フキノトウの味噌炒め

 フキノトウは苦いばかりだから、幼い頃は食べたことがなかった。いつしか春を感じる珍味などと理屈をつけて、味噌で炒めて貰い晩酌の肴にしている。

 不思議なもので、苦い、辛い、塩辛い、それに酸っぱい食物を好む人は少数派だ。大概の人は、幼い頃より甘い物を好んで口にする。フキノトウの苦味も半端なものじゃなく、大人になれば旨く食えると思っていた。

 とうの昔に大人になって、春が訪れる度にフキノトウを食えるようになっていたが、相変わらず苦味は強く、未だ旨い食い物とは思えない。

 旨くはないものの箸が進む。その苦味が春のようで、腹の中へ中へと招き入れたい。それならそうと、幼い子供にも教えてくれたら良かった。

 そうしないのは、味噌で炒めるとフキノトウの量が激減し、分け前が少なくなるからであろうか。

 フキノトウ 旨いと言える 歳となり
d0052263_1251327.jpg

[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-21 12:05 | 随筆 | Comments(1)

一瞬の想像力

 想像力を養う方法として、文章を読むこと、写真を見ること、ラジオを聞くこと、テレビを観ること、それに現場を訪問することがあります。

 中でも、相撲のラジオ放送を聞いて、力士の立ち回りを想像するなら、瞬間的な想像力が付く。これを体得したい方は、テレビを消してラジオ放送に切り替えてみましょう。

 行司;「残った、残った、ハッケヨーイ、残った、残った」
 アナウンサー;「オット、ここで挑戦者、内無双とは驚き。攻める、攻める、尚も攻める」
 行司;「残った、残った、ハッケヨーイ残った」
 アナウンサー;「挑戦者、攻めて、攻めて、横綱に反撃の隙を与えません。オット!肩透かし」

 場内が歓声で埋まり、行事の勝ち名乗りは聞こえません。アナウンサーの絶叫から、挑戦者が勝ったようですが、そうではなく横綱の逆転勝です。

 最後に発したアナウンサーの「オット!」で驚く調子、これが逆転したことを表現していました。かようにして、ラジオを聞けば瞬間的な想像力のアップに役立つことが判るでしょう。

 飛んだ球 ホームランかと 思わせる
[PR]
by tabigarasu-iso | 2012-03-20 09:32 | 随筆 | Comments(0)