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白髪の旅ガラス

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本音

 本音は本人が口に出して言わない本心ですから、どんなに知りたくても本人から聞き出すのは難しいものです。表情や言動から本音を推測することもできますが、本音とは掛け離れた結果になる可能性が高くなりますから、何とか本音を聞き出さなくてはなりません。

 相手の本音を知らなくても済むものなら敢えて悩む必要もありませんが、相手の本音を知らなければ事が上手く運ばないサービス業や私生活では、相手の本音を知ろうとするプロセスが更に重要と言えます。

 相手の本音を知るプロセスの鍵は、こちらを信頼して貰うことに尽きるでしょう。それには、こちらから胸の内を相手に見せて上げます。サービス業であれば責任を持って提供できるサービスの範囲を具体的な事例で説明し、私生活であればこちらの本音を照れずに打ち明けましょう。

 この時、胸の内の見せ方がポイントでして、面談で相手が何を求めているのか瞬時に捉え、相手の必要なものだけ見せなければいけません。次に重要なものは、聞き出した話から本音に近いものを探り当てるのは感性です。この感性を磨くのは人により様々ですが、落語や講談を聞いて情景を想い描くのも一つでしょう。

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怪しげな 相手に本音 話すユリ
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by tabigarasu-iso | 2010-04-30 11:20 | コンサルサービス | Comments(0)

命の洗濯

 この世に自分が誕生してからと言うもの、心臓は休むことを知らない。寝ても醒めても動き続ける勤勉さには、自分の物ながら頭が下がる。時には疲れを癒すために動くのを止め、汚れた部分を洗濯しなくても良いものであろうか。

 心臓の具合が悪い人の場合、一時的に取り出して治療することもできる。幸いにして健康な自分の心臓は、それこそ命の洗濯を生涯に亘り味わうことができない。そこで、同じ仲間ながら考えるだけで動くことがない脳に頼み、命の洗濯と言うものを味わって貰い、幾らか暇な夜に教えて貰うことにした。

 心臓の依頼を受けた脳は、命を洗濯する場所を考える。それは、太陽の光を受けて葉を徐に広げ、大気に酸素を放つ森林に出向くことであろうか。あるいは、沢蟹が水の流れに逆らい横歩きする小川に足を入れ、余りの冷たさに頭の芯まで痛くなる瞬間かも知れない。

 何れにしても、人が命を洗濯する場所は、その人の心を乱す情報源から遠く離れるか、それを吸収してくれる懐の深い自然に身を置くことである。そのことを、山奥の生まれ故郷に帰って実感した脳は、夜になり心臓にそっと教えてあげたそうな。

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ハナミズキ 桜の礼に 来たそうな
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by tabigarasu-iso | 2010-04-29 12:59 | 小説 | Comments(0)

どん底でも笑え

 嬉しい時に笑い、悲しい時に泣き、腹が立てば怒り、楽しい時の笑顔は、人間として基本的な表現だが、心の動きを素直に身体で表す機会が減っている所為か、その機会が訪れても素直に表現できない人が増えている。

 それが大人だとすれば話は仕舞い。だが、感情を素直に表わさない習慣が長引けば、泣きたい時に泣けない、嬉しい時にも笑えない、仮面のような大人になってしまう。そればかりか、その抑制力が日常生活を担う心まで強く押し付け、社会性を失う行動へと駆り立てれば、もはや入院して貰うしかなくなる。

 その抑圧を、その日に解消しようと晩酌を楽しむ間は良い。飲み始めたら自分で止めることができないアルコール依存症に罹れば、本人も家族も悲惨である。そんな夫を持つ漫画家の醒めた話し方が気に掛かり、消すつもりのテレビを布団の中から覗いた。

 その人の描く漫画は、自分の感情を飾らずに表わし、絵は上手ではないが人気がある。だが、その人の顔は、悲しい想い出の時に悲しそうでなく、楽しい想い出の時でも嬉しそうではない。そんな彼女の「どん底でこそ笑え」の言葉が胸に痛く響き、自分なら「どん底でも笑え」と言いたくなったのである。

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強い雨 道も田圃も 鏡にし 
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by tabigarasu-iso | 2010-04-28 08:51 | コンサルサービス | Comments(0)

どうしたのかな

 どうしたのかな。ある組織では、これまで言葉巧みに販売促進していた方が寡黙になり、別の組織では、何をしているのか存在感の無かった方が自己主張を盛んに始めて明るくなり、また別の組織では、それなりに上手く泳いでいた筈の人が溺れそうな青い顔をしている。

 組織を取り巻く環境が大きく変化している最中、これまで倒産など考えられない大きな組織が簡単に倒れ、小さな組織は毎度のことながら倒産と設立を繰り返す。どちらにしても、組織が倒産する前には、トップと社員の心が揺れ動くものだから、それを隠そうとしても顔に表れる。

 けれど、将来性のある組織は、トップから社員まで目の輝きが違う。当然のことながら、不満を持たない人間など居ないから、組織の欠点を嘆く方も居る。だが、その不満解消が組織の将来に繫がるものだから、その解決を図る間に組織は自然と成長していく。

 しかし、信頼できるトップが不在のまま、社員を導く組織の夢が描けない場合は、社員は不平を言う大きな相手が見付けられず、気力を失った目は淀んで販売意欲など消え失せ、腹いせに立場の弱い者を苛めに走り、いずれ自分もハローワークに走ることになる。

 どうしたのかな。そんな兆候を見付けたら、何とかするのが組織力であり、その手段を提供するのがトップであり社員の能力だから、普段から互いに目の輝きを良く観察していなくてはならない。

 私達コンサルは、輝きを失った目を見掛けたら、その訳を探り当て、解決策を提供する責務がある。さもなければ、組織支援が仕事のコンサルは、何を見ているのかと言われよう。

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不具合が あるから医者も コンサルも
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by tabigarasu-iso | 2010-04-27 19:56 | コンサルサービス | Comments(0)

物心両面

 ISOマネジメントで扱うものは、トップの定めた方針を実現するため、目標、教育、運用、点検、見直しのサイクルであり、マネジメントの見える化を追求するものと言えましょう。その狙いは、品質であれば顧客満足であり、環境であれば地球レベルの環境保全や生物多様性の実現であり、また労働安全衛生であれば組織で働く人の心身の健康確保になります。

 これらマネジメントの主人公は、言うまでもなく人間であり、顕在意識を中心にマネジメント活動が展開されますが、人間の意識の大半を占める無意識の力を無視してはなりません。例えば、慣れない作業は手順書を作成して、作業の目的や手順及びポイントを確認しながら作業を進め、やがて無意識に作業ができるようになりますから、その力は大変重要です。

 こうした無意識の力を意識したISOマネジメントシステムを構築しないことには、心を一つにして方針や目標の実現に取り組むことも難しく、また方針や目標を実現しても働く人々の心が満たされない淋しい結果になることでしょう。それでは、主人公を無視したマネジメントになりますから。

 そこで、ISOマネジメント支援のツールとして、無意識の力を引き出し結集する手法が注目されます。逆境や変化を好機と捉えるプラス思考、潜在能力を信じて困難に挑戦する行動力、固定概念を打破する創造力など、無意識の世界に眠るエネルギーを引き出すことができれば、ISOマネジメントにおける物心両面の改善が可能になるでしょう。

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同床の 老いた愛犬 別の夢
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by tabigarasu-iso | 2010-04-27 06:57 | ISOマネジメント | Comments(0)

柔らかい光

 百円で釣りが貰える障子張り用の刷毛を買いに車を走らせた。昨日の買い物で、もったいないからと買わなかった刷毛だけを買うのだから、こちらの方がもったいないことである。それでも刷毛が無ければ、糊が塗れないから仕方がない。

 桟だけになった障子を、全て運び出した八畳間の真中に横たえ、昨日の買い物袋からチューブに入った糊を取り出し使い方を確認する。そこには、桟の両脇を挟むプラスティク製の備品があり、チューブの先に被せた網目状の帽子から糊を出せば、その備品が案内役になり桟の上に糊が着く。

 と言うことは、刷毛が無いから昨日は障子張りを止め、それを改めて今日買い足したものの、糊を着ける刷毛は要らないようである。思い起こせば、普段から机の上に置く封筒用の糊も似たようなもので、障子を貼るのに刷毛が要るとは、昔の想い出から抜け出せない思い込みであったようだ。

 チューブ入りの糊は使い勝って良く、面白いように糊が桟に着き、紙を貼っては糊が乾く前に余分な紙を切り落とし、休む間も無く全ての障子を張り終える。最初の障子は出来栄えが良くなかったが、最後の一枚は玄人に近付いたようだ。それを元の位置に嵌め込めば、柔らかな光は障子貼りの職人に成り切った男を包み、疲れた足腰を癒してくれる。

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新しき 紙を通して 春の陽が
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by tabigarasu-iso | 2010-04-26 08:28 | 随筆 | Comments(0)

障子の張替え

 普通、障子の張替えは新年を迎える前に行うもの。だが、その頃は障子を洗う水が冷たい。つい、ガラスを拭く程度で大掃除に替える。水や風の温かい春になったら障子を張り替えようと先延ばしにしていたら、もう春も終わり梅雨が近くになった。

 慣れない仕事だからプロに任せようとしたが、障子の張替えなど素人の仕事で丁度良いとの結論になり、障子紙に糊を買いに行く。刷毛も買おうとしたが、少し前に家の何処かで見掛けた覚えが有り止めにした。

 早速、家に帰り障子を外に持ち出し、遠慮なく紙に水を掛ける。全体が濡れたところで、上の端を剥がすと下の端まで綺麗に取れ、何とも気持ちが良い仕事振り。ところが、糊の質により、時間を掛けて水で濡らしても、なかなか剥がれないものもある。仕方なく、タワシを使い荒業で紙を木枠から擦り落とす。これは、素人の障子洗いである。

 それでも、汚れた紙を剥がすのは簡単であった。水に濡れた木枠が乾くのを待ち、障子紙を張ろうとしたが、何処を探しても刷毛が見付からない。新しい刷毛を買いに行くにも、既に店は閉まっている。辺りは暗くなり、障子が無いから家の中は丸見え。普段は戸袋から出さない雨戸を閉めて、暖かい茶を飲みながら一同で考えた。
「障子の張替えは明日にしようか」

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小春日に 障子張替え 刷毛がなく
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by tabigarasu-iso | 2010-04-25 10:16 | 随筆 | Comments(0)

洒落にならない

 猿が木から滑り落ち、警察官が酒酔い運転で捕まり、医者が不養生で身体を壊し、コンサルが支援先で指導方法を教えて貰い、環境審査員が審査先で法規制の改正情報を正されたら、何れも洒落にならない。

 ところが、洒落にならない事態が次々に起こる。政治資金規正法に絡み、秘書が有罪判決を受けた政治家が責任を取らず、国民の開いた口が塞がらない中で法律を次々に作り、それを国民に守らせようとするのは如何なものか。

 また、新党を立ち上げるのは自由だが、既存のクラブに入り込み、それから党名を変えるのは潔いとは思えない。他人が借りたアパートに入り込み、先住者を追い出して表札を変えるのと同じ様に思える。新党で政治を良くする志があるなら、最初から正々堂々と名乗りを上げて貰いたいもの。とりわけ、総理にしたい政治家として、国民から評価の高い方だけに残念な手法を選んだものである。

 洒落にならないのは、他人ばかりじゃない。
「乗り越さないように」
 遅くまで酒を楽しみ駅で別れたものの、上野で降りる筈の自分は、山手線を半分周り新大久保のアナウンスで眼が覚めた。辛うじて、最終電車には乗れたが洒落にならない。
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他人のこと 批判すること 楽なこと
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by tabigarasu-iso | 2010-04-24 11:20 | コンサルサービス | Comments(0)

車は置物ですか

 平日は借りた駐車場に車を置き、休日に数時間だけ車を利用する「車の置物」を大切にしている方は、意外と多いのではないでしょうか。また、毎日の通勤に車を利用している人であっても、勤め先に着けば駐車場に停めてありますから、車を運転すると言うより、置物の部類に入ります。

「そろそろ、車をエコカーに替えない」
「殆ど乗らないのに」
「そうよ。雨の日には車が必要でしょう」
「タクシーを利用すれば」
「好きな時に使えないでしょ」
「エコが目的ではないの」
「・・・」

 交通の便が悪い地域なら兎も角、バス、タクシー、電車を利用すれば事が足りる生活環境にありながら、車を買って置物にするのはどうしたものでしょう。車検に保険に駐車料金、それにガソリン代を合計すれば、月に1万円以上の経費が掛かりますから、経済的にも車を買うよりレンタカーやタクシーを利用した方が合理的な筈です。

 それでも車を所有したがる理由は、それが趣味の場合は別にして、車を持てなかった時代の夢を実現し続ける欲望だけかも知れません。頻繁に車を利用する人なら、エコカーに買い換えるのが良いとしても、置物族の人は車を所有しない判断が環境配慮と言えましょう。

「車を買ったことにして、その分を趣味に回したら」
「全てが私の趣味に回るなら」
「それはエゴ」
「座布団一枚よ」


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桜去り 次の出番か 藤の花
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by tabigarasu-iso | 2010-04-23 10:22 | 随筆 | Comments(0)

呟き時代

 正々堂々と自己主張しながらも、静かに語るのが呟きたる所以です。その呟き、今やツイッターと言われる簡易投稿サイトに認知され、愛好者は日本の総理大臣から、ある会社では全社員の利用が推奨されるまで、世界的な情報提供の場になりました。

 つい先日まで、本ウェブエッセイの白髪の旅ガラスは、呟きのタイトルでしたから、呟きがツイッターとして世界的に認知されたことは、自分の事のように嬉しいことです。いよいよ、静かながら王道を歩むIT機器を駆使した呟き時代の到来と言えましょうか。

 もしも、安価なIT機器と世界的な蜘蛛の巣と言われるネットワークが普及していなかったら、呟きは個人的なものに留まり、多くの仲間から共感や批判をリアルタイムに受けて、眼が覚めるような時間を共有する事態は、想像できなかったかも知れません。

 こうしたツールが手軽に使える呟き全盛時代にあっても、生身の人と人との触れ合いを失くしては、血の通った呟きは生まれる筈も無く、それを真剣に読んでくださる相手に心の無いことが知れ、やがて誰も寄り付かなくなることでしょう。何より、呟きは文章の上手い下手より、熱い人の心を静かに語ることが肝心ですから。

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呟いて 世界を語る 人になり
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by tabigarasu-iso | 2010-04-22 12:51 | コンサルサービス | Comments(0)