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白髪の旅ガラス

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雨ニモマケズ

 その昔、請われて鴨宮へ営業に出掛けた時のこと。日本橋を出る時には晴れ間もあったが、川崎を過ぎたところでお天道様が早仕舞い。鴨宮駅に着いたところで土砂降りの雨となり、迷うことなく手にしたキヨスクの洋傘、値段の割に大層立派な代物を片手にタクシーに乗り込み営業先へ。

 成約しなければ手間暇傘の全てが無駄になる。勢い、傘に投資した分だけ営業の切り込みも鋭くなり、現場を見せて貰うところまで一気に前進。相変わらず外は土砂降り、歩道は小川となっている。傘はあるが長靴は無い。ここで尻込みをするようでは小田原の負け戦。雨天の設備を見るのに良い機会ですから参りましょうと、軽い冗談を皮切りに現場へ向かった。

 流れの浅い所を選んで歩くのだが、遠慮なく革靴に雨水が浸入してくる。良く見れば、案内する側もスポーツシューズに雨水を吸っている様子は変わりない。それでも見るべきところは全て歩き、事務所に戻って椅子に腰を掛けたら尻が冷たい。背広が濡れて靴下も雑巾状態になったと知る。その場で脱いで汚水を絞ることができないから、自然に流れ出し乾くのを待つしかない。

 暫らく待たされた後、再度現れた客人は、濡れたスポーツシューズと絞った靴下を両手に持ち、こんな経験は初めてだと言う。革靴の中で泳ぐ指先を気にしながら、こちらも良い想い出になりましたと答えた。帰り際、コンサルが貴社に決まった暁には、貴方が担当するのかと聞かれる。
「勿論ですとも、雨ニモマケナイコンサルですから」
 帰路の車中、革靴から滴る雨水が床を濡らし、東京駅に着くまで乾くことはなかった。
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タラの芽を 酒の肴に 飲める春
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by tabigarasu-iso | 2010-02-28 14:27 | 小説 | Comments(0)

きさらぎの長雨

 きさらぎ(如月)も終り、やよい(弥生)を迎えようとしている。この時期に長々と降り続ける雨の記憶はない。いつもなら、咲いた梅の花を凍らす大雪が降り、受験生が試験時間に間に合わず、試験の開始を遅らせる報道が季語であった。

 草花は温度も上がり雨が降れば有り難い。土の中で出番を待っていた虫も這い出して来るだろう。きさらぎには珍しい長雨が、そのまま春の前座になれば、当地では何も心配することはないが、彼の地では困った事態が起こる。

 雪の多い地帯に雪が降らなければ、積雪の貯水機能が働かないから、雪解け水を当てにしていた農作業や飲料用の水不足が発生することだろう。昔から雪が降らなければ、それを当てにしない生活を営むことも出来るのだが。

 急激な気候の変化には着いて行けない動植物が多い。長雨の後で咲いた梅花に雪が積もれば、受粉は出来ずに花は落ち梅の実も生らないだろう。咲いた水仙の花を雪が被えば、地下の球根を残すことなく枯れ果てる。それに春だと早合点して土中から這い出した虫は、シベリアからの寒波に襲われ寒さで凍死するに違いない。
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季節にも らしさ欲しいと 梅の花
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by tabigarasu-iso | 2010-02-28 11:05 | 随筆 | Comments(0)

親子入試

 今の時代、親が子供の入学試験に付き添うことも珍しくない光景になりました。ホテルに泊まる親子を見掛け、緊張気味の子供と外泊で気分が高揚している母親の顔色の違いに笑みが浮かびます。

 立場の違いで顔色こそ違いますが、親子とは実に良く似ている。斜め前の卓に着いた母と娘、身体つきから仕草まで同じで父親の介入した痕跡は見当たりません。何を話しているのやら。試験前の緊張を母親が解そうとしているようであり、娘はいつもの我がままを言っているようでもあり。

 横の卓には独りで食事する受験生らしき若者が居ます。先の娘と同じ学校を受験するとしたら、こちらの方が勝ち残るに違いない。静かに箸を動かす様に落ち着きがあり、何より目線が前を向いている。下を向いて拗ねるような娘とは大違いです。そんな想像をしながら、遥か昔の受験を想い出していました。

「何処に行って来た」
 高校受験で一泊して帰宅した我が子に父親の言葉が蘇ります。
「父ちゃん、高校受験だよ」
 心配しながら着いて行けない母親が応えてくれました。こうした時代に比べれば、安くはないホテルに親子で泊まって受験する世の中、自立できない人間を生み出す方向にあるようです。

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懸命に 学んで入る 大学の 価値を見付ける 間も無いままに
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by tabigarasu-iso | 2010-02-27 11:51 | 随筆 | Comments(0)

素晴らしい提案書

 本人が言うのだから間違いない。これまでにないパターンの提案書をまとめたと言う。
「すぐに見せてくれ」
 評価は現物を見てからだが、早速に情報を送付して貰う行うことにした。

 時刻は真夜中を過ぎている。その時刻に資料を求める方もまともな基準を持たないが、判りましたと応える方も似たような人種である。五分も経たない内に提案書が届いた。それに眼を通して判ったことがある。初めての人に自社の特徴を判らせる提案書の見易さであった。

 ただ、セールストークに酔って印象深い言葉を使うのは良いが、それを裏付ける説明が足りない。こうすれば良いと具体的な説明を添えてメールを返した。すると忽ち返信が入り、いつまで経ってもコミュニケーションに終りはない。

 翌日が休暇なら良いけれど、暦が自由にならないから眠る前に仕上げることにした。
「素晴らしい明日に備え、お休みなさい」とメールする。これで漸く今日の仕事も終りそう、そう思い枕に頭を付けたところまでの記憶はあるが、慣れぬ布団がベッドからずり落ち、冷えた身体で眼が覚めた。
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年度末 組織去る人 送る花 
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by tabigarasu-iso | 2010-02-26 13:05 | 随筆 | Comments(0)

大逆転

 営業に向かない人の特徴は、一度の提案で断わられたら、それで諦めてしまうことでしょう。二度目、三度目、それでも飽きないのが商いですから、一度目で諦める人は商いにはなれません。

 向かない商いの道を離れ、その人がどの道を歩むにしても、一度の挑戦で諦めるような気楽に歩くことを許す道は、自分で勝手に造る道を除けばないでしょう。そうした方は、営業だけでなく何をさせても旨く行かない筈です。

 駄目な話ばかりでは暗くていけませんから、営業に向く人の話を紹介しましょう。その人は、相手に媚びる営業はできませんが、本音で迫る営業力に長けています。残念ながら、意識して実行しているなら他に教える術もありますが、無意識な反応ですから伝授が出来ません。

「あれ!先週の話では弊社を含めて検討して下さることでしたが、その期日が来る前に他社に決まったなんて、おかしな話ではありませんか?」
 それを聞いた客先は、既に決定した流れを一時止め、休暇を取っている窓口担当者の資料を確認したところ、預かったまま検討しない提案資料を発見したようです。
「すいません。資料を確認した上で回答しますので、一週間の時間を下さい」

 その結果、異議を遠慮なく口にした組織の提案書が通り、先の決定は逆転されました。一度の提案で諦めていたなら、こうした逆転劇は起こらなかったことでありましょう。これを教訓に商いの諦めない方針を再確認したいものです。



言うことを 遠慮しないで 大逆転
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by tabigarasu-iso | 2010-02-26 00:06 | 随筆 | Comments(0)

情けない話

 赤ちゃんの時は、食事から下の処理まで誰かに世話をして貰わなければなりません。やがて、それを忘れて一人前になり、いずれ寿命を迎えて土に戻ります。その直前には、赤ちゃんの時と同じく、誰かに食事から下の処理まで世話をして貰う事態を迎えることになるでしょう。

 自活できなくなった瞬間に死を迎えれば、自他ともに世話がありません。けれど、そうは行かないから情けない話になります。ところで、そんな切羽詰まった段階にならなくても、怪我をしたり病気で床に伏したり、生きる過程で巡り合う情けない話のネタは尽きません。

 ある日、初老の男はテレビドラマを観ながら缶麦酒を楽しんで居りました。何となく腹が張る様子に軽く尻を上げ、下腹に軽く力を入れて大腸内のガスを抜こうとした時のことです。いつものガスを放つ際には現れない感触に驚き、男は急いで洗面所に駆け込みました。

 見届けた先には、思い掛けない廃棄物が少量ながら付着していたのです。徐に廃棄物の付着した衣類を脱ぎ、男は水洗で尻を洗いながら呟きました。
「いつかこうなるとは思っていたが、こうも早いとは情けない」
 それからと言うもの、男はガスを放つ時にも油断することなく、洗面所で済ますようになったそうです。

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放つガス 廃棄物とは 処理違い
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by tabigarasu-iso | 2010-02-25 19:40 | 随筆 | Comments(0)

春一番に吹かれてみれば

 その昔、小田原に着くと俄かに暗くなり、傘を心配する間も無く激しい雨になったかと思えば、呆れるほど素早く止んでしまう。俄か雨とは良く言ったもので、そうと知っていれば、慌てて傘を買い求めることもないのだが、そうとは知らずに多くの乗客がキオスクに駆け込む姿を横目に、早く着き過ぎた時間潰しに駅構内の食堂に入ったのが幸いしたのか、晴れた空を仰いでタクシーに乗れば、道路脇に置かれたゴミ袋が風に吹かれて道中に躍り出た時のこと。

「今日はプラスチックを出す日ですからね」
 訊ねもしないのに運転手が説明する間に、反対側のゴミ袋が集団で転がり始める。その行く先を追うのも暇なことだが、そうせずにいられないコンサルの癖が顔を出す。橋に向かって転がり川に落ちそうになったところで向きを変えた。

「お客さん、何を探しているのですか」
 後部座席の落ち着かない客をバックミラーで監視していた運転手が、心配して声を掛けてくれる。
「仕事柄、ゴミの行方が気になりまして」
 つい本音を言ってしまえば、話し好きは止らない。
「やはりそうですか。長年、この商売をしていますとね、お客さんの顔付きで商売が判るようになりますわ」

 よせば良いのに、相手に話を合わせてしまう。
「それでは、どんな商売か当ててくださいな」
「行き先も考慮させて頂くと、環境省の関係の方でしょう」
 世辞とも取れる答には、ちょっと気取って応じる。
「良くお判りになりました。流石ですね」 
 大いに満足したその横顔に、春一番の愛想を吹きかけた。
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旅先の 冷えた身体を 溶かす風
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by tabigarasu-iso | 2010-02-25 12:41 | 随筆 | Comments(0)

挨拶

 挨拶の「挨」は迫るように問い、「拶」は攻めるように答えるのが禅宗の問答だと言う。そうと知ったからには、朝の挨拶から穏やかでない。

「お早う御座いまする」
 迫るように問えば、
「そちらもお早うござるな」
 と攻めるように答える。
 これでは気持良く一日を過ごせそうもない。

「お疲れ様です」
 労を労えば、
「疲れた顔などしておりませんが」
 と反撃される。
 いよいよ雲行きが怪しくなってしまう。

「それでは、お先に失礼します」
 迫るように問えば、
「御苦労様」
 と目下の者に攻められる。
 ここで反撃しない者は愚かであろう。


季語あやし 夏のブーツに 冬薄着
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by tabigarasu-iso | 2010-02-25 00:14 | 随筆 | Comments(0)

耐えて知る

 環境ISO審査員の資格を維持する者に、リフレッシュコースが用意されています。その内容は、環境科学、環境技術、環境規格、環境法規制、監査情報で、参加者の顔触れを見れば大半が現役の審査員であり、今更学ぶ必要のない方ばかりでした。

 それでも審査員資格を維持するのに必須ですから、講義が終るまで耐えるしかありません。そんな受講生を相手にしては、講師の方も話し難いことでしょう。話の内容を批判されることはあっても、感心されることは皆無です。それでも、最後まで周知の事を話し続ける厚顔には感心しました。

 立場が替わって講師になれば、耐え難き講義を耐えて貰うことが実に多いのです。例えば、ISO14001規格の解説など、昼食後の自然に瞼が重くなる至福の時間帯に話を聞けば、直訳の難解な日本語を解説する講師の言葉は子守唄になるでしょう。それを無理して耳に入れようとする受講生の涙ぐましい姿を見て、講師は感動することすらあるのです。

 何をリフレッシュするのか判らない講義に耐えながら、本来の目的を叶えるストーリを考えてみれば、規格解釈の誤りや法規解釈の誤解等の事例に取り上げ、互いの経験から意見を述べ合う全員参加型のコースであれば、誰一人居眠りすることなど無くなることでありましょう。


いきなりの 小春日和に コート持ち
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by tabigarasu-iso | 2010-02-24 21:35 | 随筆 | Comments(0)

泣けない話

 義務教育を終え、高等学校に進学した最初の夏であったと思います。中学のクラブ活動で三年間、テナーサックスを吹いていた同級生の訃報が、下宿先で味わう初めての社会生活に緊張していた同じ部の小太鼓担当者の元に届きました。

 祖父や祖母の葬儀は経験したものの、十六歳の仲間の死は信じ難いものです。夏休みになるのを待ち、仲間が眠る墓参りに同級生を募って出掛けました。皆、新調したばかりの学生服やセーラー服で身を固め、亡くなった同級生の住んでいた家とは大分離れた村にある墓まで、押し黙った集団で行ったような気がします。

 墓参りを終えたところで、親戚の方に招かれて家中に入りました。そこには故人の母親が同席していたのでしょう。
「皆のようにケンジが生きていればなあ」
「・・・」
 大人になりかけの僕達には、返す言葉がありません。

 黙ったままの僕達に向かい、別のおばさんが茹でたてのトウモロコシを差し出して言いました。
「遠い所、本当にありがとう。ケンジの分まで長生きしてください」
 後の方から女子のすすり泣く声が聞こえ、自分にも大粒の涙が溢れるものと覚悟したのですが、不思議なことに泣けません。自分だけかと横を見ましたが、下を見詰めたまま同じ様な有様でした。

 あれから四十三年が経ちますが、夏が来てトウモロコシを口にする度、ケンジ君の分まで充分生きたものだろうかと自問します。また、あの時に泣けなかった理由を今にして考えてみれば、泣けば友の死を認めることになり、それを否定したい抵抗ではなかったのでしょうか。最近になり亡くなった父の顔を見て、恥じらいもなく号泣したことから、そのように思うのです。

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亡き友を 想い出させる ホーホケキョ
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by tabigarasu-iso | 2010-02-24 12:31 | 小説 | Comments(0)