ブログトップ

白髪の旅ガラス

<   2009年 06月 ( 10 )   > この月の画像一覧

水車小屋から

 その昔、川に水の流れがあれば、水車小屋は何処にでもありました。水の力で水車を回し、その回転力を杵の上下運動に変え、臼の中の穀物を砕きます。それが、電気で動くモーターの登場で、大半が姿を消しました。

 そのモーターを動かす電気の大半は、水力発電、火力発電、原子力発電で作られます。化石燃料を使用すれば、二酸化炭素を排出しますから、地球温暖化を加速することになり、それ以外の方法で、エネルギー需要に応えていかなければなりません。

 今、太陽光発電、地熱発電、風力発電、水力発電、それにバイオマス発電が、温暖化を伴わない再生可能エネルギーとして注目されています。その中でも、出力が一千kW以上で一万kW以下の小水力発電が、個人的には面白い。

 小水力発電は、大規模な自然破壊を伴う水力発電とは異なり、自然の地形を殆ど変えることなく導入できます。かつて、水車小屋が方々の河川に設置されたように、小屋の中の杵や臼を発電機に替えれば、身近なところで電気を得ることができる、そんな時代になることでしょう。
d0052263_12394969.jpg


ローテクに ハイテク学ぶ 時代かな 
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-30 12:40 | 随筆 | Comments(0)

半導体パワーデバイス

 半導体は絶縁体と導体の中間で、電気を通したり、通さなかったり。また、パワーデバイスは電力制御用部品で、半導体とパワーデバイスが一緒になれば、半導体で電力を制御する部品と言うことになる。昔から、多くの分野で利用されてきた部品だが、このところ話題になるのは何故か。

 現在、太陽光発電やモーター駆動の自動車が、環境を配慮した製品として脚光を浴びている。その中で、半導体パワーデバイスは、電力を効率良く変換する装置の心臓にあたり、小形化、高耐圧性、高耐熱性、長寿命化、それに利用する側の要求対応が課題だ。これを解決すれば、太陽光発電やエコカーなどの普及に伴う大きな市場が期待できる。

 課題解決のキーは、半導体パワーデバイスの材料を、主流のシリコンから炭化シリコンに切り替えることのようだ。けれど、その量産化が難しいと言う。課題を解決する材料の目処は立っても、量産化技術に新たな課題が生まれる。

 これを解決する技術、日本のメーカーは持っているから心強い。超微細加工が必要な半導体集積回路とは異なり、ハイテクは必要ないが、ノウハウの蓄積が必要とのことである。それを継承する社会風土が日本にある限り、パワー半導体における日本の優勢は変わらないであろう。
d0052263_21313740.jpg


技術あり 戦略あれば 憂いなし
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-27 21:32 | 随筆 | Comments(0)

待たされて

 重要な話があるからとのことで、急遽設定した会議に出たときのことである。約束の時間前に約束の場所に着いたが、約束の相手は一時間遅れて来ると言う。事故なら仕方のないことだが、そうでなければ、まともに議論をする気にもなれない。

 狭い会議室で待たされて、メールの確認でも出来れば良いのだが、未だメールは不通のまま。仕方なく、その日に浮かんだアイデアを文書にまとめに入るが、いつ現れるのか判らない人を待ちながらの作文は、なかなか進まない。

 漸く現れた相手は、詫びる様子もなく、明るい表情で握手を求める。待ち疲れた、こちらの表情は、呆れて硬いままであろう。何とか笑顔を繕うが、果たして旨く演技できたことか。仕事先なら弁えて、表情を作るのも容易なことだが、相手は仲間だから、そんな気遣いは敢えてしない。

 それでも話が進めば、笑顔を交えた方が都合良く、こちらが不利な話題になればなるほど、仕事と割り切り笑みを作ることにした。それにしても、相手は、長い間待たせた負い目を一向に見せない。まさしく、梅雨時の会議に相応しい雰囲気ではなかろうか。
d0052263_12404991.jpg


言うことを 言わずに過ごす 曇り空
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-24 12:41 | 随筆 | Comments(0)

線路に人が落ち

 悪意を持って突き落とすのは論外だが、線路に人が落ちたり、降りたりで電車が止まることが多い。それは、寝起きの朝方や疲れて足元のふらつく夕方に起きる。柵があれば、事故の大半は防ぐことが可能であろう。

 一部の地下鉄ホームや新幹線ホームでは、既にそうしているのだから、できないことではない。自ら線路内に降りる人は別として、事故が起きた責任は、サービスを提供する鉄道側にある。特に、狭いホームや線路側に傾斜しているホームを見掛けるにつけ、そう思う。

 日本でも、PL法なるものが施行されている。安全を確保できるのに、製品を提供する側が、それを怠った場合には、製造物責任が問われる法律だが、ホームの安全策の有無も該当するのではなかろうか。

 雨の多い時期、ホームは雨で濡れて滑り易い。そこが線路側に傾斜していたら、落ちる可能性は誰にでもある。東西線の茅場町駅、日比谷線に乗り換えるホームでは、順番を待つ人の前を歩く時など、線路に落ちる恐怖を感じている人は多い筈だ。
d0052263_2145382.jpg


約束の 前に入って 待たされて
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-23 21:06 | 随筆 | Comments(0)

新宿は鮫

 いつまで経っても都会人になれない田舎者が、首を痛くして見上げる高層ビルディングの乱立する新宿を、受講で疲れた帰路の湘南電車の車窓から眺める。よせば良いのに、大きな地震で倒れる恐れはないのであろうか、壊す時はどうするのであろうか、そんな心配をせずに居られない。

 あのような高い所で、何も感じないで働く人の気持は、どんなものであろうか。地震が発生した訳でもないのに、左右に静かに揺れる室内で、落ち着いた仕事が何故できる。そうとは知らないで昇った高所の客先では、一刻でも早く地上に戻りたく慌てて話を終えたものだ。

 もう一つ、新宿で心が落ち着かないことは、中年の居場所が見つからないことである。有名な〇〇〇前の待ち合わせ場所に立てば、背広姿は我一人。その場に間違って舞い降りた、異星人にしか見えない。

 そこで、逃げ込んだ居酒屋の筈が、眼を凝らして見れば、周囲は若い人ばかり。我等を除き、中年の客など他には居ない。ここでも異星人のようで、落ち着いて酒も飲めず、早々に退散したことを想い出す。こうした新宿を動物に例えるなら、静止して生きられない鮫である。
d0052263_2349395.jpg


鳥の巣を 想い出させる モダンビル
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-18 23:51 | 随筆 | Comments(0)

根本治療

 ISOマネジメントを上手に活用する要点は、計画を立て実行することを得意としながら、点検や見直しで発見する不適合の扱いではなかろうかと言われています。不適合を発見するまでは順調に進みますが、その後の是正処置や予防処置は、応急処置が大半であり、根本の原因究明がなされない。

 歯の治療にしても、同じことが言えます。数年前、治療で詰めたアマルガムが取れ、慌てて診察を受けましたが、その場所を治療するだけで終り。良く見れば、あちらこちらで、歯磨きで磨り減った歯の根元が痛々しい。それを治療しようとは、言われた記憶がありません。

 そのままにしておけば、やがて虫歯になるのは明らかです。今回もアマルガムが取れ、緊急に受けた治療ですが、これまで見逃されていた根元の修復も施されました。これが、本来の治療ではないでしょうか。患部が悪化する前に施す予防処置は、歯医者の大切な仕事と考えます。

 根元が磨耗する根本的な治療は、歯の磨き方を改めること。従来のまま、歯ブラシで激しく横磨きを続ければ、再び歯の根元が磨耗し、歯茎も後退します。いずれ、歯医者に罹る確立は高まりますから、これまでの歯医者は、敢えて治療しなかったのかも知れません。さような歯医者は、社会的責任が欠落していますから、やがて信用を失い淘汰されることでしょう。
d0052263_18524184.jpg


治療より 予防は良いが 銭ならず 
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-16 18:53 | 問題解決 | Comments(0)

雨傘

 その昔、雨傘は竹の骨、木の棒、油紙の天紙で出来ていました。それが今では、プラスチックの持ち手、金属の中棒、受け骨、親骨、布の天紙に変わり、折り畳むと鞄に入るもの、バネの力で開くもの、空が透けて見えるもの、カラフルなもの、値段も数百円の普及品から、数万円の高級品まで、迷うほど沢山の種類があります。

 雨の降る朝は傘を持参し、帰路に雨が上がれば、電車の中などに傘を置いて帰る。その傘に再び出会うことは、滅多にありません。数万円もする高級品であれば、意識して持ち帰るでしょう。けれど、雨に濡れた油紙の匂いが懐かしい世代ですから、勿体なくて買えません。

 携帯用の雨傘なら、いつでも鞄から取り出せ、雨が止めば雫を切って鞄に戻せます。けれど、朝から大雨の時には、天紙が狭くて心許ないものですから、鞄の携帯傘はそのままにして、大きな傘を持参する。天紙の一部が破れたり、骨や中棒が曲がったり、満足な傘が持てなかった時のことを考えれば、何とも贅沢な時代になりました。

 雨降りには必須な物でありながら、用事が済めばあっさり失くして後悔しない。これでは、自ら雨に濡れながら持ち主を守る、有り難い傘に申し訳がありません。こうして、深く反省すれば、明るくなった空を見ても、持ち出した傘を忘れることはなくなる筈です。
d0052263_2126887.jpg


あの傘は 何処へ行ったと また買って
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-12 21:27 | 随筆 | Comments(0)

晴れたら良いね

 太陽は自ら燃えて、休むことなく我らが住む地球に、光を届けてくれる。そのお陰で動植物は生かされているから、お礼を言わなくてはいけない。この有り難い光を遮るものは、大気中の雲である。だが、この雲がなければ、大気中の熱が逃げ去り、動植物の生存に必要な水も得られないから、我らは雲にもお礼を言わなくてはいけない。

 太陽も雲も、有り難い存在であるけれど、日照りが続けば我らは困る。農作物は枯れ、飲料水も確保できない。そうかと言って、雨降りばかり続けば、土砂崩れが起き易くなり、作物も実らず、干した洗濯物も乾かないし、布団も天日に干せないから困ってしまう。それに、犬の散歩もままならない。

 晴れたり曇ったり、我らに都合の良いタイミングで巡ってくれたら良いが、天気ばかりはそうはいかない。そこで、雲を作ったり消したり、人は自分達の意のままにしようと、空に異物を打ち上げたり撒いたりするが、愚かな行為である。その場所は晴れても、予期しない違う場所で大雨になり、事態が複雑になるだけだ。

 種を蒔く時期には雨が降り、収穫の時期には晴れたら良い。今、それを狂わすのは、大気中に我らが放出した温室効果ガスである。それが原因で、梅雨の時期に雨が降らず、収穫の時期に大雨では、食料不足が深刻になるだろう。梅雨の時期には、恵みの雨に感謝しながら、「晴れたら良いね」と言えたら良い。


土砂降りの 不況の雨も いつか止み
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-10 19:19 | 随筆 | Comments(0)

心の浄化

 過日、ある知人から、定年退職を告げる葉書を受け取りました。その中には、「これからは自分の好きなことをやります。それが、少しでも社会の役に立つことを願いながら」とあります。傍から見て、これまで随分と好きなことをされている方、そう思っていましたから、少々驚きの文面でした。

 誰もが好きなことをやりたいと願い、誰もが好きなことを出来ていないと考える。それが人間だとすれば、心の濁りが消えることは、いつまで経ってもなさそうです。ノルマに追われる仕事を離れ、好きな趣味で暮らせれば、心は晴れそうですが、その趣味も目標になれば、それを果たせない心の葛藤が生まれますから。

 その昔、ある偉い方が「人は考える葦」であると、名言を残しました。人は、葦のように、自然の中で弱い存在ですが、考える葦であるところが異なる。弱い葦との差を言われたようですが、どっこい葦は強い。太陽の恵みを受けて成長し、何も考えずに水の浄化までしてくれる。

 葦より強い筈の人は、勝手に水や空気を汚し、挙句に考え過ぎて、己の心を浄化する術を、すっかり忘れてしまったようです。葦が太陽の光と水の間で生きるように、夢とそれを果たせない不満足の間で、生きるものが人だとすれば、心の浄化も進むことでしょう。
d0052263_1163069.jpg


雨降りに 笑いを見せる 紫陽花か
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-07 01:17 | 随筆 | Comments(0)

鏡の世界

 野球中継を鏡で観れば、左腕投手が右腕投手になり、一塁ゴロが三塁ゴロになります。敢えて、それを自宅で試そうとする人は稀でしょう。だが、床屋で散髪する間、鏡に映るテレビは、左右逆転していますから、それを体験することができます。

 土曜の昼下がり、馴染みの床屋で、鏡に映るサスペンス劇場を観ていますが、それに違和感はありません。鏡の中で左右逆転しても、犯人と刑事の役割さえ逆転しなければ、ドラマの進展は判ります。

 犯人を探り当てるドラマの展開に、視聴者は興味を持っていますから、犯人探しの決め手が、左利き右利きかでなければ、鏡に映るドラマでも問題はありません。けれど、刑事は犯人が右利きと言い、鏡に映る犯人は左利きであれば、リラックスモードの頭が混乱します。

 刑事の声を無視すれば良いのですが、それではドラマの面白さが半減することになり、どうしたものでしょう。眼を閉じて、声を頼りにドラマの展開を想像する。心の世界で犯人を追うことになり、推理小説を読んでいるようです。

 やがて、刑事と犯人の言い争う声が大きくなり、クライマックスを奏でる効果音になったところで、眼を開け鏡の世界に戻りましたが、もはや頭の混乱はありません。二時間余りが経過し、切り替えの鈍い我が脳も、漸く慣れたようです。
d0052263_23304867.jpg


壁掛けの テレビ床屋に すすめたら
[PR]
by tabigarasu-iso | 2009-06-05 23:32 | 随筆 | Comments(0)