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白髪の旅ガラス

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二千円札

 昼食代の釣銭を受け取る際、店員が念を押す。
「二千円札が入っていますから」
 これまで、五千円札や千円札が混じった釣銭を受け取る時、かような説明を受けたことがない。

 この札は、すぐに使わなければ、いけないような気分になる。そこで、財布の取り出し易い位置に、その札を置き換えた。だが、電車もバスもカードで用が足り、売店に寄らなければ、それを使う機会が無い。

 その機会を待つ間に、二日が経った。昼食時に受け取った札だから、昼食時に返すのが礼儀だろうと、その札だけをポケットに入れ、混雑を避けて遅い昼食に出か掛ける。
「これは、二千円札ですから」
 そう断わって、昼食代を渡すのは、自分の方であった。

 数年前、久し振りの新券として派手にデビューしながら、二千円札は何故かしら普及しない。たまに受け取れば、トランプのババ抜きのように思われ、早く誰かに渡したくなる。二千円の価値に変わりはないのだから、そう焦って使うこともないのだが。


マーボーの 辛さに毛穴 全開に
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by tabigarasu-iso | 2009-05-30 18:00 | 随筆 | Comments(0)

ネットトップ

 ネットトップは、インターネットにアクセスすること、これを目的に機能を絞り込んだパソコンを言います。あれもこれもできる可能性を秘めたパソコンに比べ、目的が明確ですから、余分な機能を削ぎ落とすことで、低価格が可能になり、市場が伸びることになりました。

 携帯電話もネットトップの一つですが、画面の大きさや入力方法に限界があります。やはり、携帯電話は手軽に携帯が出来て、話せることを目的にしたものですから、インターネットにアクセスは出来ても、表示機能や操作性でパソコンのようにはいきません。

 ならば、パソコンの表示機能や操作性のみを残してみる。これは、思い切った発想の転換でした。何しろ、高価格なパーソナルコンピュータの姿をしながら、通信機能に特化し、価格を抑えて普及を図る。その英断には、拍手を送りましょう。

 パソコンを端末として普及したインターネットでしたから、その主役から主役らしさを取り除くのは、惨敗する恐れもあった筈です。しかしながら、パソコンを使いながら、パソコンとして使いこなしていない人だけでなく、携帯電話で満足できない人に対して、低価格で切り込んだ戦術は素晴らしい。

 マルチ機能で高価な製品として売るよりも、単一機能で低価格な製品として市場を広げ、必要な機能は必要な時に、インターネットを通じ手に入れる。こうした発想は、車にも応用できないものでしょうか。年に数回しか乗らないのに、フル装備で高価な車を手に入れ、駐車場を設け、車検を取り、税金を納め、下手な運転で渋滞を招く。課題ばかりですから、商売のチャンスはありそうです。
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陽の出ない 五月の空は どんな晴れ
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by tabigarasu-iso | 2009-05-22 12:54 | 随筆 | Comments(0)

疑心暗鬼のマスク

 誰からウィルスを貰うのか判らない。用心してマスクを買った。小学校以来のことだから、何十年振りのことである。大きなマスクは、顔の半分を隠す。吐く息が跳ね返り、少し呼吸が苦しい。これなら、ウィルスも進入し辛いことであろう。

 隣の人もマスクを付けている。目しか見えないから、美人だかどうか判らない。その人も、隣の妙な中年が大きなマスクを掛けて、不信感を持っていることだろう。ウィルスを寄せ付けないことは良いけれど、誰もが疑心暗鬼になるのは宜しくない。

 満席に近い車内は、いつもより静まり返っている。読書に親しみ、アイデアを練るには丁度良い。だからと言って、難しいことを考えると頭が痛くなり、空中を舞うウィルスを呼び寄せそうだから、愚にもつかないことを考える。

 商売柄、人前で話をしなければならない。まさか、マスクを掛けたままでは、話にならないから、「予防管理です」と説明した上で、徐に外してみよう。明るい表情が現われ、安心してくれるに違ない。

 けれど、話を聞いてくれるお客様の中に、咳をしている方が居たらどうする。遠慮して貰うか、マスクを付けて貰うか、その場で判断するしかない。それにしても、目に見えないものは不安を煽り、やっかいなものである。

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ウィルスに 笑顔で向き合う マスク屋か
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by tabigarasu-iso | 2009-05-19 21:29 | 随筆 | Comments(0)

人の話を聞け

 講演の場合、人の話を聞かないで、自分の言いたいことに終始しても、誰からも文句は言われません。著名な作家や研究者が、聴衆相手に自分の知見を話し続けても、その内容が聞くに堪えない粗末な内容であれば別ですが、そうでない限り誰からも問題視されることはないでしょう。 

 セミナー講師の場合、受講生の声や態度に、耳を傾け注視する必要があります。さもないと、受講生が望む到達点に導くことができません。但し、難しい点は、受講生の望みが多岐に亘る場合です。それらの望みを全て満たすには、受講対象を絞り込まなければなりません。

 セミナー講師になる方は、一度は他の講師の話を聞き、その講師が受講生の望みを叶える術を、体得する必要があります。講義の良否は、講師自ら判断するものでなく、受講生の判断領域ですから、一度は受講生の立場で講師を評価し、自ら講師になった際の指針にされると良いでしょう。

 しかしながら、新しいテーマなら別として、他の講師から、自分が承知している話を聞くのは、時間や経済的な余裕があるなら別として、なかなか踏み切れないものです。その結果、いつまでも我流講師から抜け出すことが出来ません。可能なら、セミナー講師の方は、受講生や他の講師の話を聞く講師を目指して頂きたいものです。
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人の振り 見て襟正す 講師あり
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by tabigarasu-iso | 2009-05-17 00:07 | セミナーサービス | Comments(0)

スマートグリッド

 次世代の電力網管理として、米国で期待される「スマートグリッド」とは、何がスマートなのでしょう。まず、送電網の故障や事故を正確に把握する、「センサーシステム」があります。これは、停電の多い場所では、どこが原因か直ぐに判り、修復が素早くできますから、電力会社と消費者の双方とってスマートであり、素敵なシステムに間違いありません。

 次に、太陽電池を設置した家が、余った電気を電力会社に売る際、買い取り価格の高い時間帯に売ることができる、「モニターシステム」は、太陽電池の設置者に経済的なプラスがあり、その結果、太陽電池の普及が進み、化石燃料の消費を抑える点で、地球環境にもスマートです。

 三番目の技術として、無線通信機能を備えた自動検針ができる、「スマートメーター」は、電気使用量や電気料金の情報を、消費者に随時知らせることが可能で、消費者が電気の使用量をタイムリーに見ながら削減できる効果があり、目標管理するには不可欠な要素と言えましょう。

 ところが、電気料金の情報を知らせる点に問題がありそうです。電気料金が固定価格制であれば、特に問題ありません。変動価格制にした場合、原油の値段変動により電気料金も変動しますから、電力会社にはスマートな値上げ通知メーターになります。けれど、消費者には目の回るメーターになり、消費者にはスマートとは言えないようで。
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気を付ける 流行言葉に 潜む毒 
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by tabigarasu-iso | 2009-05-14 00:19 | コンサルサービス | Comments(0)

生物模倣

 生物の形態や機能を模倣して、科学技術に応用する手法を、バイオミミクリーと言う。バイオは生物で、ミミクリーは模倣だから、直訳すれば生物模倣となる。この手法、古くから科学技術に利用されており、生物模倣の歴史が科学技術の発展にあると言えそうだ。

 良く利用する新型の新幹線の先端部分は、川蝉をヒントに設計したそうで、トンネルに入る際の騒音緩和が可能になっている。そのヒント、川蝉が猛烈な勢いで水中に飛び込み、小魚を捕らえる様子を見ていた方が、飛び込んだ際に波が余り立たないことを、不思議に思ったことからであろう。

 川蝉にすれば当たり前の行動を、不思議に思うことは多くの人ができるが、何故水面がそれほど波立たないのか考え抜き、それを新幹線の頭に応用できる人は少ない。生物多様性の観点から、種の保存が必要な川蝉だが、保存することばかり考えている人は、くちばしと頭の構造が優れたものであることなど、疑問を持たないから思い付くこともなかろう。

 ミツバチの巣をヒントにしたハニカム構造、鳥の翼をヒントにした飛行機など、誰もがしる生物模倣の古典だが、身近な生物に模倣することが、数多く潜んでいることを教えてくれる。どこでも自由に動き回るアリ、葉の上で日光浴するトカゲ、それに無邪気に遊ぶ犬や猫など、不思議に思うことから着眼し、良い点を模倣したいものだ。
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母の日を 旗日にしない 訳を聞き
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by tabigarasu-iso | 2009-05-11 12:33 | 随筆 | Comments(0)

自然の藤棚

 人の拵えた棚に下り、縦横に並んだ藤の花を、楽しむ季節になりました。葡萄の房に良く似ていますから、食べても旨そうな花です。いつかは庭の隅に植え、ゆっくりと藤の花の一生を眺めたいと思いながら、季節が移れば忘れてしまう。

 そんな人を飽きやすい性格と言いますが、季節ごとの花に興味を示す順応性の高い性格とも言えます。また、そうした人は、人の育てた花よりも天然の花に感動し易い傾向にあるとも言えないでしょか。該当する本人が言うのですから、間違いありません。

 春の連休を利用して田舎へ帰る車窓から見える山々には、祭の提灯が連なるようにして、藤の花が同じ高さに切れ間なく続いておりました。いつか、藤の花も切れるだろうと心配していたところ、林が消えてなくなるまで続いていましたから、藤の花の逞しさには脱帽するしかありません。 

 藤は、言うまでもなく蔓ですから、誰かに頼らなければ、高い所に葉を広げ、太陽の恵みを受け取ることができませんが、その反面、頼る相手の木さえあれば、どこまでも勢力を拡大することができるのでしょう。その範囲を教えてくれるのは、薄紫の藤の花ですから、年に一度しかない「自然の藤棚」を、来年こそ見逃してはいけません。
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渋滞も 語らい増やす 機会なり
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by tabigarasu-iso | 2009-05-08 18:37 | 随筆 | Comments(0)