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白髪の旅ガラス

想い出に生きる

 十畳を越す広い部屋は、気持ちにゆとりが生まれます。けれど、小さな暖房器具で直ぐに温まる、三畳に満たない小さな部屋も、それなりに居心地の良いもの。座ったまま、欲しいものが手に入り、音響機器の音量を少し上げるだけで、迫力のある劇場に代わりますから。

 すると、本棚に溜まった埃が、腹の底を打つ低音に誘き出され、少しずつ顔を出す様子を眺めて居れば、四畳半一間の青春時代に想いは戻ります。その当時、着替える物が無いから箪笥も要らず、保存するほど食料も要らないから冷蔵庫も無く、真夏でも扇風機さえありませんでした。

 それでも、何一つ不自由とは思いません。夜明けは近いと歌いながら、薄汚れたジーパンに太めの皮ベルトを締めれば、世の中を制覇した気分になりました。ついでに、床屋に行く時間と金を惜しみ、流行りだからと長い髪を肩まで垂らし、仲間と銭湯に惜しみなく浸かり、残りわずかな所持金でコーヒー牛乳を飲む。

 あの味は、一生忘れることはないでしょう。冷蔵庫やクーラーを備えた一軒家に住み、シャワーを浴びた後で、大型テレビを見ながら冷えたコーヒー牛乳を飲むことがあっても、決して当時の味を味わうことはできません。昔より品質は良く管理されているのでしょうが、当時の想い出が納得することを邪魔しているようです。


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                    振り返り また振り返り 先を行く
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by tabigarasu-iso | 2009-03-31 12:07 | 随筆 | Comments(0)

中年も荒野を目指す

 何を今更ながらと言われても、荒野を目指すのは青年ばかりではありません。大半の中年や壮年も、過去の栄華に頼り将来を維持することが、保障されない時代に突入したようですから、荒野を目指すことになります。

 それと言うのも、停年退職後に当てにする年金、それを賄う制度が破綻しそうですから、青年時代と同じ真剣な心構えを維持しつつ、それでも一仕事を終えた自信を忘れることなく、命の燃え尽きるまで社会に貢献し続けなければなりません。

 具体的には、これまでの経験の中から、社会に役立ちそうなノウハウを、生甲斐を維持できれば良いとする報酬で、求める組織に提供することになります。とは言え、どの組織が中年や壮年に何を求めているのか、ニーズを知らなくてはなりません。

 その手段は巷に溢れていますから、自分を売り込むことから始めてみましょう。例えば、所属する組織から始め、取引先に声を掛け、それでも埒が明かない場合には、インターネットで自己の自慢できる経験をアピールし、世界の市場に訴えることにします。

 それでも反応がない場合、もはや世間は自分を必要としていなと諦めましょう。これを潔いとするのも、荒野を目指す選択の一つです。そうなれば、頂ける年金の範囲で生活するしかありません。そうなっても、贅沢になれた生活を見直し、貧しかった青年時代のことを想い出せば、何とかなる筈です。
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                   ラーメンに 餃子を付ける 贅沢さ
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by tabigarasu-iso | 2009-03-28 23:37 | 随筆 | Comments(0)

山の幸

 間も無く、透けて見えていた山肌が、落葉樹の新芽に覆われ見えなくなる。その頃になると田舎では、田植えや夏野菜の植え付け準備に追われ、腰を伸ばす暇も無い。すぐ傍の山菜やタラの芽が声を掛けても、耳に届くことは稀である。余りに身近な存在で珍しくない所為もあろうが、山菜を探す暇があれば、晴れ間を惜しんで苗を植える方に時間を割く。

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by tabigarasu-iso | 2009-03-25 20:25 | 随筆 | Comments(0)

本音を見せて

 世の中に製品やサービスを提供し利益を生む組織なら、製品を作りサービスを提供するために、資源やエネルーを無駄にはしたくないが、減らそうとするところはあるまい。資源の使用量が減ることは、製品の出荷量が減ることだから、組織の縮小か閉鎖を目的にするなら話は別だが。

 省資源や省エネルギーを宣言するなら、製品やサービスの販売拡大を前提にした、歩留り向上や効率向上を目指すのが本音であろう。ところが、公表されている環境方針の大半は、省資源や省エネに努めることを宣言するばかりで、製品やサービスの拡大に触れたものなど皆無である。

 製品やサービスが売れなければ、組織は存続できない。その組織が存続する目標を実現する上で、手段として用いる資源やエネルギーを効率良く使う。経営方針、品質方針、環境方針、営業方針の何れであっても、大きな目標を忘れて手段を追うことなど許されようがない。

 久し振りに審査の仕事、届いた分厚い資料を眺めてみれば、環境ISOを導入した組織の健闘振りが窺い知れる。手を合わせてから、おもむろに環境方針を拝見すれば、環境負荷の削減ばかり。これでは、製品やサービスが延びる余地の無い仕組みが展開されることになる。何故、経営者の方は、本音が見える環境方針にしないのであろう。
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                    お彼岸の 強風に載り 帰る人
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by tabigarasu-iso | 2009-03-22 21:44 | ISOマネジメント | Comments(0)

ここ掘れワン

 地下水を汲み上げ過ぎた所為で地盤沈下となれば分かり易い流れですが、土壌汚染で地盤沈下となれば首を捻ります。きっと、風が吹けば桶屋が儲かる話の類ではなかろうかと、車中の暇に任せて環境専門雑誌の記事に目を通してみれば、呆れる事実がありました。

 かつて、ある県が保有する廃棄物処分場を、そうとは知らせず、ある住宅供給会社に売却し、何も知らずに住宅を購入した住民が、地盤沈下で家が傾く被害にあっている。油分を含む軟弱な地層が確認されていることから、廃棄物として埋め立てられた油分が、その原因であることは、ほぼ間違いないようです。

 被害を受けた住民は、土地を販売した側と住宅を提供した側に責任を追及していますが、両者とも責任逃れとは御粗末な話。その土壌には、油分はもとより有害物質である鉛、ヒ素、水銀まで、環境基準の数十倍から数百倍も含まれているとのことですから、土質改良しなければ、その上で生活する住民の不安は解消されません。

 ところが本件、土壌汚染対策法の対象でないため、法律違反ではないところが困ったもの。これが民間企業の販売したものであれば、企業の社会的責任の観点から対応する動きも考えられます。それにしても、住宅は個人に取り大きな買い物になりますから、購入予定の土地が何に使用されていたのか、事前調査することを忘れてはいけないようです。
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ここ掘れと 教えてくれる 犬欲しい
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by tabigarasu-iso | 2009-03-16 18:23 | 随筆 | Comments(0)

フード・ディフェンス

 異物や毒物が食品に混入する行為から守ることを、フード・ディフェンスとか食品防御と言うそうです。また、それらを意図的に混入させる行為は食品テロと言われ、中国から輸入した冷凍餃子事件が記憶に残るものですが、安全な食品を安心して食べることができるよう、検査や監視の体制が早急に確立されることを願って止みません。

 悪意を持った人が食品に毒物を直接混入させる食品テロは、決して許されない犯罪行為ですから、犯人の逮捕や再発防止に積極的に取り組む必要があります。けれど、本人が知らない間に、しかも間接的に毒物の混入に加担している。そんな現実があることも忘れてはいけません。

 人間の作り出した水銀や鉛などの有害物質を含む物を廃棄すれば、やがて大気、土壌、河川へと放出され、それを植物や微小動物が吸収し、食物連鎖により食卓に上る肉や魚の中に濃縮されて登場する。安全基準値以下の含有量で問題は無い筈ですが、そもそも有害物質ですから、疑わないで食べる訳にはいかないでしょう。

 こうして、毒物の直接混入と間接混入を念頭に置いてみれば、フード・ディフェンスの仕組みは、品質管理、衛生管理に加えて、防犯対策、環境管理の視点を組み合わせることが必要になるようです。何とも複雑な仕組みになりそうですが、人の命を繋ぐ食品ですから、充分過ぎるに越したことはありません。
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新造語 漢字で書けば 違和感が
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by tabigarasu-iso | 2009-03-15 23:27 | 随筆 | Comments(0)

環境債務の見える化

 2010年度より、環境債務の会計基準と土壌汚染対策法の改正により、工場や商業施設を将来解体し撤去する費用、建物下の土壌汚染の調査費用、アスベストやPCBの処理費用、これらを財務諸表に反映させなければならなくなります。更に、土壌汚染の調査で有害物質が発見された場合、浄化費用やその後のモニタリング費用も発生しますから、現在の財務諸表が黒字だからと言って安心はできません。

 これらの環境債務も、環境マネジメントシステムを運用する中で特定し、予防策を図ることが可能な筈です。その為には、環境リスクが想定される環境側面を、過去、現在、未来にわたって抽出し、それに適用される環境法規制を確実に特定し、法規制の要求事項を隈なく順守評価することが必要になるでしょう。例えば、有害物質の土壌への流出(過去)、解体工事時のアスベストの発生(未来)を環境側面として抽出すれば、関連の環境法規制の要求事項を明確にし、順守を確実にするシステムが機能します。

 こうした一連の作業に対し、環境債務の費用も算出することが必要になりますから、環境の担当者だけでなく、会計の担当者が参画することが必要になるでしょう。現在保管するPCBの処理費用、工場敷地の土壌汚染調査費用などは、環境側面の抽出段階から会計の担当者が認識すれば、どこで、どの位の費用が掛かるのか明確になり、財務諸表の確かな裏付けになります。また、調査で土壌汚染が発見された場合、対策費として大型予算の確保もスムーズに進むことでしょう。

 かように、環境債務の見える化には、環境担当と会計担当の共同作業が必要になります。けれど、良くある会計部門の環境目標は、その大半がコピー用紙の使用量削減やグリーン購入比率の向上などですから、環境債務から環境側面を抽出し、その対策費用の大小により、環境目標にすることも考慮しなければならなくなるでしょう。

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                     環境と 接点の無き 業務なし
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by tabigarasu-iso | 2009-03-10 23:11 | 随筆 | Comments(0)

林業の復活

 林業を復活させるのは、どうしたら良いのか考えてみました。経済的な価値に加え、環境的な価値を認め、国策として林業を育てる方向転換が必要との結論です。農業と同様に林業も、工業製品の輸出を優先する国策で衰退し、後継者が激減していますから、林業のノウハウを持った高齢者が引退する前に、林業で生活できる政策を整備し、育苗、植林、下草刈り、間伐、枝払い、伐採、山出し、製材などに関わる知恵を継承しなくてはなりません。

 林業を育成する政策を整備するには、それをマニフェストに盛り込む議員や政党を選ぶか、自ら議員になる必要があります。その場凌ぎの雀の涙を国民にばら蒔き、景気回復などと空論に遊ぶ国会議員の方に、林業の復活をはじめとする、日本の将来を見据えた政策展開など、期待できそうもありません。近い内に、衆議院議員の選挙が予定されていますから、林業の復活を唱える方を選ぼうと思います。そうした方が居なければ、落選を覚悟で自ら出馬するしかありません。

 林業育成政策を実現する財源は、二酸化炭素を吸収してくれる環境的な価値から、化石燃料を燃やし二酸化炭素を排出する事業者、国民から、排出量に応じた税金を徴収し、飲み水を供給する環境的な価値も加え、水道料金の一部を回せば充分でしょう。それに建築材や用紙原料として、労働対価に見合った適正な経済価値を加えれば、林業従事者に夢が生まれ、多くの若者が殺到するに違いありません。

 とは言え、林業経験の無い若者だけでは、林業として成立しませんから、師匠として経験者の確保を急ぐ必要があります。二酸化炭素吸収、飲料水供給の環境価値で財源を確保したら、それを直ぐに、林業師匠確保制度にとして、市町村に投入しなければなりません。さもなければ、指導者の人数が少なく成り過ぎ、林業の復活は遥か遠くに退いてしまうことでしょう。
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                 振り返り これから咲かす 花を見せ
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by tabigarasu-iso | 2009-03-09 12:29 | 随筆 | Comments(0)

農業の復活

 農家に生まれながら、その地を離れて久しくなりましたから、ジャガイモはもとより米の作り方も殆ど知りません。いつかは田舎に戻り、のんびりと山並みを眺めながら、徒に鍬でも振ってみようかと思ったりしますが、誰かに教えて貰わなければ、まともな農作物など、何一つ収穫できないことでしょう。

 それでも、老後の趣味なら励みになって宜しい。けれど、工業製品を作られていた方が、農業で生活するとなれば、そう簡単には行かないでしょう。どんなに真面目に働いても、成果は予測のできない気候に左右され、まともに収穫できたとしても、豊作貧乏で収入がマイナスになることもあります。それが何年も続けば、借金で首が回らなくなり、失業保険も貰えませんから、大変な事態になるでしょう。

 法人化された農業組織に就職できれば宜しいが、受け入れ先は少ない。それに、仮に就農できたとしても、好きでなければ長続きはしません。それでも生活できるなら我慢もできましょうが、労働の対価に見合わない市場価格が殆どですから、生活の見通しが立たない。それなのに、工業分野で失業された方に就農を進めるなど、何と無責任な話でしょう。それこそ、農業を馬鹿にした話です。

 工業製品を多量に輸出する見返りに、輸出先から農産物を安く輸入し、国内の農業など荒れるままにしてきた政策が続く限り、農業の復活は有り得ません。どうしても復活させる必要があるのは、海外から農産物を輸入できなくなった時です。その時になり、荒れた畑や田を耕そうとしても、その技を知る人は少なく、また種を植えようにも、その多くを海外に依存しているから入手できない。そうならないよう、農産物の自給率を高める政策転換を、今こそ真剣に議論する時でありましょう。
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                   次男坊 農家離れて 鍬忘れ
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by tabigarasu-iso | 2009-03-08 01:29 | 随筆 | Comments(0)

見直しの極意

 中学時代、家庭科の授業で習った裁縫は、今でも役に立ちます。取れたボタン付けなど、針穴に糸が通りさえすれば、いつでも問題はありません。滅多に手掛けませんが、半返し縫いや本返し縫いも可能なレベルを維持しています。

 ところで、その返し縫いが経営システムを見直す際に役立つとは、誰が想像しましょう。世界的な流行を見せるISO経営システムですが、これはマネジメント方針を実現する為に、計画、実行、点検、そして見直しのサイクルを回すものです。この見直しに、縫い代を針半分戻しながら一針先に進む半返し縫いの技が、効果を発揮するのではないでしょうか。

 経営層の見直しで、理想ばかり追っては後が続きません。過去を振り返りながら、達成できたこと及び達成できなかったことの訳を知り、旨くいった点は更に勢いを着けて伸ばし、失敗した点は軌道修正しながら慎重に進む。その奇跡は、返し縫いそのものです。

 返し縫いの糸が戻りながら先に進むように、一歩進んで半歩戻り、また一歩進む経営は、切れることは許されません。それでも、誰もが知る大企業が容易に倒産する時代ですから、舵取りを誤れば切れることがあります。そのような時に切れ難いのは、やはり返し縫い的な経営ではないでしょうか。


                     ひな祭り 祝う宴は 雪見酒
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by tabigarasu-iso | 2009-03-07 00:33 | ISOマネジメント | Comments(0)