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白髪の旅ガラス

戦略誤り

 失業保険を受給しながら競技に参加する人をハローワークの星と言い、会社から給料を貰いながら競技に参加する人をサラリーマンの星と言う、そんな興味本位の説明文がテレビ画面に付くから、娯楽番組かと思えば、陸上の世界選手権大会だと言うから驚きである。

 思い付きで喋る軽薄な司会者が居れば、コメントにならない発言をするゲストあり、競技場の観客席に人の疎らながら、背景として否応無く放映される悲しさよ。それを評論しつつ、クーラーの効いた室内で誰に邪魔される事もなく、冷えた生麦酒を飲みながらソファーに身を埋め、缶が空く度にピラミッドに積上げていく、これに勝るものは無い。

 真剣勝負に下手な解説は不要である。男子百メートル競争の一次予選、三十五歳とは思えない鍛え上げた肉体の男は、筋骨逞しい外国勢を置き去りに、余裕を持ち先頭での見事なゴール。これほど衝撃的な場面を、かつて日本人は目にしたことがない。ロケットスタートなどと持てはやし、最初は早いものの中盤で失速すれば、最後は良く頑張ったで終わることに慣れた民族の溜飲を下げるものであった。

 昨今、女子バレーボール、水泳、高校野球など、何れも観客席に空きは見られない中で、陸上競技が不入りなのはどうしたことか。もしかしたら、団体競技と個人競技の差かも知れない。個人で走り、投げて、飛んだところで、同じ民族の心に火を点けることにはならないのか。それでは、同じ個人競技のマラソンが、画面に三時間も人を釘付けにする説明にはならないから、他に考えられるのは、話題や実力のある人を作る側の戦略誤りに間違いない。


              ネクタイに 替えて留めたい 赤トンボ
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by tabigarasu-iso | 2007-08-30 01:08 | 随筆 | Comments(0)

虫の音

 近くを通る車のエンジン音も小さくなり、辻で立ち話に興じる近所のおばさん達も喋り疲れ果て、タイムリミットの迫った蝉も薄暗闇で最後の鳴きを終える頃、遥か遠くの空地から、虫の鳴く声が微かに聞こえてくる。

最初、耳鳴りに思えた虫の音は、地上の温度が下がったことを教え、その優しい音色で、深い眠りの世界へと導いてくれるようだ。床に着いて横になると、その音色は益々音量を増して、小さな音色でも方々で鳴き足せば、かように広範囲に亘り音を響かせることができるものかと感心させる。

それにしても、先程から演奏を始めた虫の音は生々しい。どうやら音源の一つが部屋の中にあるようだ。灯りを点けて探そうとすれば、急に音色は小さくなり、灯りを消すと音量が増す。そこで、強まる音源に耳を向ければ、薄暗い箪笥の後に何匹かで出張し、野暮なカラスに秋の到来を教えているようだ。

わざわざ出向いてくれた虫の音を、自分だけの子守唄に眠る贅沢、これ以上のものは、他に無いであろう。けれども、清水の澄んだ流れにも似た虫の音は、昔暮らした田舎の想い出を蘇らせてくれたが、疲れた脳を休めるには近過ぎた。

いつしか、翌朝の起床を控えた身には、子守唄を通り越して騒音になる。蚊ではないから、電子式の蚊取り線香で追い払うこともできず、鳴き疲れるのを待つのも、秋の夜長の始まりだから、仕方の無いことであろう。


                  手書文 相手の顔も そこに見え
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by tabigarasu-iso | 2007-08-27 22:59 | 随筆 | Comments(0)

熟睡

 夜になっても気温が下がらず、布団の上で横になり目をつむっても、寝ているのか起きているのか曖昧な、浅い眠りの最中には良く夢を見るものです。それも、楽しい物語であれば歓迎ですが、そうでない支離滅裂な物語ばかり見せられては、起きる時間になっても、不快ばかりが頭の中を駆巡って堪りません。

「そんな時には、ピタット冷えるを、額に貼って寝るのが良いですよ。このところ実践していますが、実に良く眠れます」
 二十歳の時に引いた風邪を最後に、三十数年間も熱を出して寝込んだことが無い身には、暑さで寝られない夜も額を冷やすことなど、思いも寄らない話です。

「それでは早速、試してみましょう。いや、目から鱗ですね。それに、美味しいそばまで御馳走になり、舌を滑らかにしてくれる焼酎も沢山頂き、有り難いことです。このお礼は、コンサル現場で充分に」
 こうして話に花が咲けば、宴会時間が経つのもいつしか忘れ、紹介されたピタット冷えるも買い忘れ。

 そこは神様が良くして下さり、久し振りに気温を下げて、その夜は熟睡できる筈でしたが、充分に頂いたアルコールが身体の隅々を駆巡り、プラス思考の夢が次から次へ終わり無く、またもや寝不足の一夜となりました。果たして、熟睡を実感できる日は、いつになることやら。


               少しとは もう少しとの 勝手かな
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by tabigarasu-iso | 2007-08-25 15:17 | 随筆 | Comments(0)

復帰

 我等が旅ガラスの巣に、子育て中の仲間が一羽、復帰してくれました。カラスが安心して旅に出掛けられるのも、巣を大切に守ってくれる者が居て可能なことです。また、カラス族が存続するためにも、子孫を育てることが必須でして、その間は仲間が支援すること、これは社会性を持つ動物の特徴と言えましょう。

 ところが、この世の中は、売上金額や仕事の効率を追求することが優先され、種の保存を担う重要性を軽んじる傾向にあります。それは本末転倒であり、泣き笑い、名誉を重んじるが故に耐え忍び、受けた命を完全燃焼するに留まらず、こうしながら次の世代に種を引き継ぐことの重要性は、何ものにも優先することでありましょう。

 こうした考えに立てば、ミジンコ、オキアミ、鯨などへの食物連鎖の何れの種も、継続して存続する相互作用が重要なことに、思い至る筈です。この考えが、自分の種族のみ生き長らえて、他を省みない負の勝手を制止することができ、その結果は、カラス族の存続にも繋がることになりましょう。

 その為にも、復帰した仲間に期待するのは、事情を知った我等の巣にあり、その整理整頓に留まらず、有用な情報を掘り起こして貰うことです。我等カラス族は、光る物や黄金色の物を巣に溜め込む習性がありながら、それらの活用を忘れてしまう特性も持ち合わせていますので、それを補う強力な後方支援を期待したいもの。


               額汗 ハンカチ負けて 手拭に  
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by tabigarasu-iso | 2007-08-23 12:29 | 随筆 | Comments(0)

コンサル犬

 バスケットの得意な犬が登場する映画を観ながら、知能の高い犬ならコンサルもできるのではないかと考える。かような空想も、熱波に休日の外出を遮られ、愛犬の寝息を聞きながら、室内で過ごすしかない、情報の過多を嘆きながらすがり付く、情報依存症の所為であろうか。

 きっかけになった犬の話だが、飼主の少年はバスケットが下手で補欠選手。仲間から苛めに遭っていたが、或る日、バスケットボールを巧みに扱う飼い犬の才能を発見した。その犬を練習相手にしながら腕を上げ、めでたく選手になれたところに、前の飼主が現れ、その犬を連れ戻そうとする。裁判で争う事になるが、犬自身に飼主を選ばせることになり、バスケット犬は少年を選んだ。

 少年がバスケットを通じて学んだのが、チームプレーの重要性。これは、コンサルチームにも言えることであろう。一人のコンサルが、全ての案件に対応できる知識や知恵を、持ち合わせている筈が無い。コンサルの現場では単独プレーだが、新規案件の販促などは他のメンバーがカバーし、知らない情報は先駆者がカバーするチームプレーで、コンサル集団は未来へ進む。

 ところで、コンサル犬は存在するのだろうか。勿論、犬は人前で話したり書いたりできない。人を勇気付けたり、慰めたり、安堵させたり、その手段はバスケット犬とは異なるが、主人を幸福に導く術は、コンサルの先駆者と言えよう。


               コンサルの 犬も仲間に 熱波攻め
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by tabigarasu-iso | 2007-08-20 21:50 | 随筆 | Comments(0)

 誰が言ったか忘れたけれど、歌うように書いてみて、話すように歌ってみれば、読む人、聞く人、皆の心が開くと言う。それならば、固い文書にさよならを告げ、耳障りな言葉に封をする。それ程簡単に、事は進む筈もなかろうが、挑戦せずには居られない。

 固い文書の例なら、幾らでもある。まずは、次のマネジメントに関する国際規格の要求事項から、歌うように書いてみようか。
『組織は、この規格の要求事項に従って、環境マネジメントシステムを確立し、文書化し、実施し、維持し、継続的に改善し、どのようにしてこれらの要求事項を満たすかを決定すること』

♪ISOを導入するなら 規格の求め通りに 環境管理の仕組みを作り♪
♪それを文にまとめたら 決めた通りに 仕組みを動かし♪
♪飽きずに維持しながら 階段を登るように 仕組みを善くし♪
♪これまでの話 どうして実現するのか 自分で決めて♪

 なかなか、思うようにはいかないもの。それと言うのも、歌の世界は、環境の二文字に馴染みが無くて、夢や恋ならしっくり行くものを、そこへ管理や仕組みの文字が何度も続けば、更に違和感が増す。♪そもそも、規格の難解な文書、柔らかくするより、判り易くする、そちらの方が先決でしょう♪と誰かが歌った。

                       早朝の 涼しき小道 老犬と
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by tabigarasu-iso | 2007-08-18 13:56 | 随筆 | Comments(0)

暑い日には熱い物を

 夏物のズボンだけを新調に、街に出掛けた時の事である。男性のスーツ売場には、客より店員の数が多い。久し振りのデパートに、品物の位置が判らない客と見れば、否でも近寄ってくるから、夏向きのズボンが欲しいと切り出した。けれど、既に店内は秋物が飾られ、探すズボンは通路に並ぶバーゲン対象になっている。

「失礼ですが、腰まわりのサイズは何センチでしょう?」
 満腹時と空腹時とでは、腰から腹にかけてサイズが変動する、柔軟性のある身体だから、正確な数字が告げられない。
「先程、熱いラーメンと餃子、それに冷えたビールを一本飲んで来ましたから、腹は大いに膨らみ、丁度、測り頃かと思います」
 
 笑いを堪える女店員が、巻尺の数字を読む寸前、幾らか遠慮して締めていた腹を、自由にしてあげた。その数字を目安に、彼女は何種類かの候補を選び、少々酔い加減の客を試着室へと導いてくれる。まず間違いなく、この中から選んでくれるものと、彼女の顔には自信が溢れていたのだが。

「すいません。少しサイズが大き過ぎるようです。先程は少し腹を膨らませていたものですから、こうして背筋を伸ばすと締まりまして」
 こんな手の掛かる客にも、彼女は笑顔を絶やしません。
「暑い日に、熱いラーメンと冷えたビール、美味しかったことでしょうね!」
 きっと、狭い試着室では、餃子の臭いもしたことであろう。
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              暑い日に 熱いラーメン いと旨し
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by tabigarasu-iso | 2007-08-15 10:07 | 随筆 | Comments(0)

想い出の駅

 生まれてから家族と共に十数年暮らした田舎を離れ、一人で暮らし始めた当時の想い出は、幾つになっても、不安を抱えて降り立った懐かしい駅と共に残るもの。それを探しに立ち寄ってみれば、大きく見えた駅舎が小さくなって、閑散とした駅前の光景を、嘆いているように思えるから不思議である。

 どんなに駅が寂れても、どんなに駅前が喧騒になろうが、想い出の宿る駅に変わりはないから、つい足を運んでしまうもの。それも、一駅や二駅ではなく、人生の節目毎に生まれるから、半世紀も年輪を重ねれば、想い出に浸る駅の旅も忙しくなる。

 その一つが上野駅。頻繁に訪れる駅ながら、その度に胸が締め付けられるのは、就職列車に載って降り立つ、中学を卒業したばかりの子供の想いを、昔の自分に重ねる所為であろうか。それとも、当時の心を今に伝える「ああ上野駅」のメロディーの所為かも知れない。

 それが、団塊の世代を狙った懐メロ番組で流れた。惜しい事に、歌手は井沢八郎さんではなく、聞き入る必要を感じなかったから、つい自分で歌ってしまう。ところが、いつもと違って感情が昂り、歌い始めて間も無く声が詰まって止めにしたのも、盆が近付いた所為か。

                御先祖の 想い受け取る 百日紅
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by tabigarasu-iso | 2007-08-12 00:48 | 随筆 | Comments(0)

じっとして居られない

 日頃、コンサルの旅に明け暮れるカラスに慣れて十年余り、たまに巣を温める機会が巡って椅子に座れば、無駄口を一つも聞かず事務に打ち込む人の頭が見えるだけ。半日位なら、この雰囲気に染まって居ることもできるが、その倍にもなれば、何か語り掛けて仕事の邪魔をするか、用事を作って外出するか、巣の中の活性化戦術を考えよう。

 人前で話して書いて歩き回り、安心できない時には現場へ出向き、慌しい仕事を終えれば、足の裏が疲れで悲鳴を上げるコンサルと言う戦場。けれど、帰路の車内で沈黙思考を楽しみ、革靴から両足を開放してあげれば、耐え難い痛みも消えてしまう。かように、人前で静かに考える習慣の無いコンサルだから、巣の中の仲間を沈黙から開放したくなる。

 それが可能なのも、餌の備蓄に長けて居る動物であり、自分で餌を直接探さなくても、近くのコンビニに出掛ければ何でも揃えてあり、キャッシュカードを使って買物ができる、約束社会に仲間が守られているからであろう。そのカードの残高や借入金額、いつまでも無限に有れば宜しいが、そうはいかない。

 備蓄の少ないコンサル族は、野生のカラスと同じように、明るくなれば餌を求めて舞い歩く。じっと巣に居ることは、仲間の餓死を意味するから、疲れを知らない旅に出る。その成果を旅先で上げれば、巣の中の静かな仲間も嬉しい悲鳴を上げることであろう。

                悪友は 心の詩を 世に残し
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by tabigarasu-iso | 2007-08-08 19:03 | 随筆 | Comments(0)

変わらないで

 岡山駅の改札を入って左折し、いつもの番線に向かった。けれど、その先の通路は全面が壁で塞がれ、赤穂線の案内板が消えている。まさか、廃線になったのかと不安になったが、思い切って振り返ってみれば、何のことはない、すぐ後にそれはあった。

 一ヶ月ぶりに訪れた構内の新設のホームに降り立ち、西大寺行きの電車を待つ。そろそろ、「桃太郎さん・・・」の音楽が流れる頃である。これを聞く度、岡山に来たことを実感するのだが、それは期待に反して「線路は続くよ・・・」に変わっていた。

 音楽には、想い出が付きまとうもの。桃太郎さん以外の曲では、岡山と結び付かない。何ということをしてくれたのか。駅の関係者は、センチメンタルな利用客の存在を知らないのであろう。ハードの更新は宜しいが、想い出が伴うソフトの継続を忘れては、駅の心を失ったようである。

 かような不満を誰にも言えないまま、ホームに入った電車を見れば、いつもと変わらぬ古い車両。見慣れた乗客、聞き慣れた岡山弁に安堵し、西大寺までの車窓を楽しむ余裕も生まれ、コンサル前の気合も充実していった。


                メロディーに 想い重ねて 夢枕
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by tabigarasu-iso | 2007-08-05 19:46 | 随筆 | Comments(0)