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白髪の旅ガラス

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飛行船

 日の暮れた西の空に、鯨に似た大きな飛行船が浮かんでいます。慌てず、ゆっくり旋回しながら、おもむろに帰り道を探しているようですが、胸の辺りに貼り付いた小判鮫のような操縦室は、おそらく盗賊の一味で満たされていることでありましょう。

揃って髭面の大男が肉の塊を食い千切り、今日の成果を酒の肴に加えて宴会を始めたようです。中には陽気に踊り出す者も現れたのでしょう、左右に飛行船が揺らぎ始めたから、それに違いありません。あちら側に成果があったということは、こちら側に被害が出たことになり、操縦室で交わされる話の内容が気になります。

「未払いの年金、たんまり頂戴したけれど、誰も追ってこんな。こんな美味しい仕事、他にゃありゃせん。年金の受給資格者から、未払いの請求もないようじゃけん、被害届けも出んじゃろう。未払い年金を失敬する今回の大仕事、犯罪にはならないから、大手を振って世間を歩けるのう」

 誰がどの位納めたか不明な件数が数多の年金、それを誰が横取りしようが判らないことを利用して、空の賊が犯行に及んでも仕方ない。そんな空想を抱かせる、お粗末な年金の管理に、これまで真面目に年金を納め続けてきた男は、飛行船を見上げながら、一人芝居を演じたのでありました。


年金も 掛け金調べ 行かなくちゃ   
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by tabigarasu-iso | 2007-05-30 00:19 | 随筆 | Comments(0)

つぶろぐ

 ブログで呟くことを、「つぶろぐ」と名付けた方は偉い。何とはなしに、くつろげるようで親しみがわくネーミングである。それで、どんな寄り合いかと、つい覗いて見たら、軽い話が書き手を替えて長々と続く。同じ時間帯に、言いたいことが多数寄せられ、それに対するコメントも加わるから、先程までの新しい話がすぐに古くなる。

 人に読んで貰う文書とは、こうしなければいけない、ああしなければいけない、こう書き方を教え込まれた世代にとって、目の覚める意外な表現に感心することの多いこと。それでも、意志の疎通が出来ているケースもあるようで、コメントが即座に寄せられるから、その遣り取りを追うのも楽しみになる。

 その昔、人に読ませる日記が一部の知識人の間で流行ったが、今はブログ、携帯電話やパソコンを使う者ならだれでも、呟きたい時に呟きを公表できる世になった。けれども、他人に話すような内容ではないもの、誰を意識して話しているのか不明なもの、なるほどと思わせるもの、それこそ多様だから、選択する能力が読み手には必須である。

 それにしても、呟くと言った古い言葉とブログと言う新しい言葉を融合させた、「つぶろぐ」とは、温故知新の造語として面白い。できることなら、美しき日本文を追求する俳人や歌人の方、あるいは日本文学者にも参加して貰いたいものである。さもなければ、新しき方が古き時代を知る機会が失われよう。

静寂を 恐れて喋る 女連れ
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by tabigarasu-iso | 2007-05-28 22:36 | 随筆 | Comments(0)

この指とまれ

 捕まえようとすれば逃げるトンボも、人差し指を空に向かって突き出し棒に似せ、捕まえようとする下心を捨てて待てば、それほど時間を置かず翅を安めに来てくれます。左様な経験を持たない方には、嘘のような話に聞こえるでしょうが、その事実を知る機会もやがて訪れることでしょう。

 ところで、人は単独では生存することができず、他力に頼らざるを得ない生命体の一種です。私生活でも仕事でも、どんなに富をなし名声を得ても、他の生命体の世話にならずに生き通すことなど在り得ません。そこで、いつでも、どこでも、他の生命体に向かい、人はこの指とまれと念じることになります。

 コンサルタント、これも人の一部ですから、その例に洩れません。訳の判らない案件に出合えば、それに対応できる人、この指とまれとなります。省エネの指南役など良き例で、ボイラーを焚いた事も無く、変電設備管理の覚えの無いコンサルタントが、聞いた話や読んだ知識が無効な案件に出合えば、それが可能な方を求め、この指とまれ。

 人事でも、同じ事態が発生します。業務拡大に伴う即戦力の人材が欲しければ、社内には無い能力を持つトンボが翅を休めたいような指を立て、指にとまっていたトンボが空に帰れば、その後任が可能な人に、この指とまれ。この際の心構えは、自由に空を舞うトンボが安心して翅を休められることだけ念じ、捕まえようとする下心を捨て、静止した棒に成りきることでありましょう。
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菖蒲咲く 写真に収め そのままに
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by tabigarasu-iso | 2007-05-25 20:21 | 随筆 | Comments(0)

成熟

 ISOマネジメントの審査登録を終えて四年以上経てば、マネジメントシステムの継続的改善を担う、日常点検や内部監査それに経営層の見直し機能も充実するから、第三者が行う審査工数を減らす成熟審査が適切かも知れない。

 もっとも、登録初期の状態を頑固に維持する組織の割合が多数派であるとしたら、成熟審査の対象は限られる。審査側にとっても、工数の削減は収入の減になるから、新規登録数が伸び悩んでいる状況では、維持審査の収入に頼る限り、敢えて成熟審査の提案はしないであろう。

 けれど、五年、十年と審査を受け続けていれば、審査員より優れた内部監査員を擁する組織も多々生まれているから、審査側の事情だけで工数削減を提案しないのは、社会的責任を果たす組織とは言えまい。

 成熟審査を受けるには、審査員と同等の力量を持つ内部監査員の育成が必要になる一方、審査側では内部監査の立会いを行うなど、新たな手順の追加が不可欠になるが、それに対応できる力量を持つ審査員の準備、果たして可能であろうか。システムの成熟した受審者が、旧態とした審査を見限る前に、成熟審査の提案を行う前向きな姿勢が期待されよう。
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童謡の 音色聞く間に 時は過ぎ
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by tabigarasu-iso | 2007-05-22 23:08 | ISOマネジメント | Comments(0)

継続的活用

 仕事の仕組みを継続的に改善する支援コンサルを始めて十年余り、北は北海道から南は九州まで日本列島を舞い続け、訪問範囲は広いけれども案件は僅かなISOマネジメントコンサルの成果、何処かで多少なりとも現れていることを期待して、それを探りに再度訪問する旅は、鞄の重さで腰は痛むが心は軽い。

 日本橋、地下鉄に直結したモダンなビルに少々気後れながら、ビル風で乱れた白髪を手櫛で揃えて受付で待てば、釣りが趣味の事務局さん、笑顔で現れ最近の成果を告げてくれる。ISOマネジメントシステムの適用範囲を拡げたマニュアルの審議も無事に済み、推進メンバーも大幅に増員して、新旧交替も滞りなく済んだと言う。この支援先、システムの拡大に伴う人員配置が巧みなり。

 豊洲、潮風に背中を押されて徒歩数分、マンションが急増する新興住宅地に本拠地を構え、ISOマネジメントシステムを導入して僅かながら、システムの目標に本業の課題を初めから取り入れ、システムの進捗管理と業務管理が歩調を合わせる理想の仕組みが動き出す。スーパーマリオ風の管理責任者の下、システム導入成果が営業成果向上に結び付く日が待ち遠しい。

 かように、ISOマネジメントシステムを経営改善の道具として旨く使いこなしている組織もあれば、使い手が不在で錆び付き始めている組織もあろう。自ら道具を旨く使えないなら、旨く使える専門家に道具を使わせるのが経済的であり効果的でもある。システムの継続的改善の要は、その組織の身の丈を知るコンサルの継続的活用にもあることを、トップが理解することかも知れない。


ひとまわり 陽射し浴びまた ひとまわり
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by tabigarasu-iso | 2007-05-20 16:10 | ISOマネジメント | Comments(0)

腰痛

 特に無理した覚えはないのに、男は左腰に鈍い痛みを覚えた。右肩に重い鞄を掛ける所為であろうか。それとも、新幹線の座席で三時間半余り、同じ姿勢で眠っていた所為か判らないけれど、このまま放置しては良くないことだけは判った。

 ホテルに入り一風呂浴びた後で、男はベッドに横たわり腰の筋肉をゆっくり揉んでから、弛んだ腹を引き締めようとして、軽く腹筋運動を試みる。かつては百回も苦にならなかったが、三回も屈伸しない間に腹の筋肉が笑い始めた。

 無理は良くないから、枕に頭を載せたまま、テレビを点ける。そこに現れた青年は、男が以前に会った人に似ていた。大きな赤字から脱却したタクシー会社のプリンス、それが青年の紹介である。もう一度良く確かめてみれば、確かに男がコンサル先の若社長の友人として紹介された、その人に違いなかった。

 話を聞けば、当時のプリンスは赤字の処理に追われていたようである。けれども、そんな重い雰囲気は感じさせない、テレビと同じ明るい表情であった。いつの日か、コンサルの機会があればと密かに願っていた相手だけに、その成功話には首を起こしたまま、夢中に聞き入る。その所為であろうか、腹や腰の筋力も強化されたようで、男の腰痛は翌朝になると消えていた。


その時の やるべきことを やるが良い
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by tabigarasu-iso | 2007-05-18 00:13 | 随筆 | Comments(0)

幸福度

 国民総生産が何%上がったとか下がったとか発表されるが、それが上がったと言われても、生活が楽になり幸福になるとは限らない。そもそも国民総生産なるものは、人の幸福度を表すものではないから、それに期待するのが誤りかも知れない。

 三十年前のことである。或る国の国王は、国民の幸福度は国民総生産より大切であると唱え、経済成長と開発に加え、遺産の保護と伝統文化の継承、豊かな自然環境の保全と持続可能な利用を良き統治の指標とした。その時の国王の年齢は、二十一歳であったというから驚く。

 その指標を、我が国に当て嵌めてみたらどうであろう。経済成長の数値は見えるが、伝統文化の継承や豊かな自然環境の保全など、幸福度につながる項目の公表されたものは知らない。今の首相は、美しい日本を目指すと言うから、どれ程美しくなったか、やがて国民に示してくれるであろう。

 それまで何もしないでじっと待つのも良いけれども、受身ばかりでは幸福にはなれないから、身近なところにある伝統文化や自然環境を知るところから始めたいものだ。祭りの太鼓を聞いたら寄ってみて、林が見えたら歩いてみる。さもなければ、国民総生産の増減ばかりに振り回される、悲しい立場から脱却することなど望めまい。


田植え後 天空映す 大鏡
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by tabigarasu-iso | 2007-05-14 22:31 | 随筆 | Comments(0)

置石

 列車の線路上に置かれた小石を、先が見えない鉄の車輪が踏み潰せば、振動と共に異常な轟音を響かせる。それに気が付いた乗務員は、十四両編成の車輌を用心深く停車させてから、車輪の点検を始めた。けれど、運転士と車掌の二人しか居ないから手間取り、乗客は車内に暫らく閉じ込められたままで待つしかない。

 その列車を待つ乗客は、予定時刻を過ぎてもホームに入らない列車を、皆で視線を揃えて線路沿いに探すが無駄と知り、再び顔を元の位置に戻した。数分過ぎてから、慌てた口調の駅員が置石で遅れる事情を知らせたが、余裕を持って整列を続ける人、慌てて携帯電話を掛ける人の二派だけで、クレーム派が居ないのが不思議である。

 その朝、時間に余裕があった男は、整列をしながら携帯電話の大声を聞いた。身なり立派な男の会話は、部下が相手と思われる偉そうな話し振りだが、相手に伝える音声が日本語になって聞こえてこない。それを聞く相手を気の毒に思いながら、同じ様なことが男にもないか、我が身を振り返った。

 こうして、他人の会話を評価する自分も誰かに観察され、時間潰しに利用されているかも知れない。緩んだ口元を引き締め、男は背筋を伸ばし、ゆっくり左右に目玉を転がして周囲の様子を窺った。右良し左良し、何処にも異常な視線なし。線路上の置石は許されないことだが、猪突猛進タイプの男には、己を客観的に見る余裕を持たせてくれたようである。
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               春の暖 風に飛ばされ 秋の冷
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by tabigarasu-iso | 2007-05-13 21:44 | 随筆 | Comments(0)

木を植えてみませんか

 木を二本植えたら林になり、三本植えれば森となり、五本植えると森林になると、なるほど旨いことを言う人が居ます。木を始めとする緑色植物は、地球上で唯一の生産を司るもので、我等動物は、それを消費する立場。従い、生産機能を持つ木を植えることは、消費者の存続を図る重要な行為になります。

 かつて栄えた古代文明の地が遺跡に成り果てたのは、豊かな森林資源を育てることなく使い果たしたことが、破滅の原因の一つでありました。これを教訓とすれば、経済価値を優先し、周囲に森はあれども荒れるに任せ、海外の安価な木材製品を輸入し、生産者である木の価値を認めない風潮は、そろそろ見直す時期でありましょう。

 或る生態学者は、無機物から有機物を合成する生産者として緑色植物、有機物を消費する消費者として動物、それに有機物を分解・還元する者としてバクテリアや菌類を位置付けていますが、これら三者の繋がりを重要視しない文明は、長く存続する理由が見当たりません。

 こうした中、木を植えることを提唱し実践する宮脇昭氏は、生産、消費、分解・還元の生態系の中で、人間は消費者の立場として生かされていると説きます。生産者である緑色植物に生かされている我等ですから、生産者を一本でも良いから育てる行為を、今度の休日からでも、身近な庭先で始めてみませんか。但し、むやみに植えてはいけません。その地に自生する木を植えることが肝心です。


生垣に 燃え盛るよな ツツジ咲き
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by tabigarasu-iso | 2007-05-11 12:44 | 随筆 | Comments(0)

見聞

 コンサル中の見聞は、守秘義務の関係から直接紹介することはなりません。けれども、同じ様な課題に苦戦する組織に対し、見て見ぬ振りはできませんから、コンサルの脳裏で先の情報を並べ替え、相手先に迷惑が掛からないよう、小説風にまとめなおしてから提供する、これがコンサル道の見聞をまとめた「呟き」であります。

 呟きを、ブログに発表してから丸二年が経ちました。既に二百六十話になりますが、日々絶える事のないアクセスに励まされ、明日からも見聞の小説化に挑戦し続けることでありましょう。本編から御覧になった方は、前のページを辿ってくだされば、そのボリュームに呆れて頂けること間違いありません。

 ところで、相手の話を良く聞き、相手の現場を良く見て、相手の置かれた立場を良く理解してから、あるべき姿と現実とのギャップを整理し、相手をどちらの基準に導くのか判断することが、コンサルには必要です。

 それを理解せず、あるべき姿ばかり口にすれば、コンサルは、悪しき意味の先生と呼ばれるようになりましょう。その逆に、現実ばかり口にすれば、何の改善も期待できない無能な役務と評価され、次の仕事は期待できません。あるべき姿と現実の歩み寄った段階を目指すのが、丁度宜しいようです。


              里山の タラの芽ひとつ 皆で分け
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by tabigarasu-iso | 2007-05-09 18:37 | コンサルサービス | Comments(0)