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白髪の旅ガラス

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忘年

 年末に仲間が集い談笑し飲食することを忘年と言いますが、年齢の違いを忘れて気持が通い合うことも忘年と言うそうです。コンサルを通じ、色々な組織の幅広い年齢層の方々と話す機会に恵まれ、今年も忘年の一年となりました。これに感謝し、一言年末の御礼を申し上げます。

 ISO管理事務局の皆さん、現場の方から協力を得ることが容易でなく、管理責任者やトップの方から進捗の遅れを責められ、コンサルには次々と課題を提示されては、その度に本音を聞かせて貰い、忘年の時間を多く頂きましたこと感謝します。

 管理責任者の皆さん、期待する成果を思うように伝えてくれない事務局に苦慮しつつ、気難しい部門責任者に気を配りながら、判断を迫るコンサルの要望に胃を痛め、漸く迎えた審査では、専門用語に酔う審査員の徹底的な質問攻めに合い、その度に場外で忘年のコメントを遠慮なくさせて貰い、失礼しました。

 経営層の皆さん、自身に代わり、管理責任者に品質や環境の管理統括を任せたものの、期待する方向に導けないことを嘆きながら、自ら品質や環境の方針を経営の観点から検討することを失念されて、自ら全体を確認する重要な見直しを審査向けに軽く済ませて安堵され、経営層の気苦労を知らない気楽なコンサルに理想の見直し内容を助言されても、それを太い腹で受けとめて頂き感謝します。

 部門責任者の皆さん、ISOに関して充分な管理者教育も受けないまま、部下から内容を良く知らない記録の押印を迫られ、監査員の専門教育を受けた他部門の若手が担当の監査の席で、矢継ぎ早の意味不明な質問に汗を流し、模擬審査の場では優しいコンサルに安堵したものの、本番の審査では話が違うと恨めしそうに立会いのコンサルを見ても、発言を禁止されたコンサルは何もできず、実に申し訳ないことでした。

 ISO推進担当の皆さん、部門を代表して、管理項目の選択から目標の設定そして教育から点検や報告まで、実に重要な役割を担われ、初期には難解なコンサルの講義に目を白黒させながら、定期的な忘年の席で管理の要点を次第に把握され、今や皆さんなしではISOの仕組みは動かない状況にまでレベルアップされて、コンサルの甲斐がありましたこと、感謝します。

 そして社員の皆さん、わがもの顔で社内を闊歩するコンサルを見て、妖しい人物とみたかどうかは知りませんが、突然、審査前に職場を訪れISOの役割を問うインタビューに慌てたことでしょうが、それも審査に慣れて頂くことでしたので、御容赦願いましょう。

 まだまだ話は尽きませんが、白髪の旅ガラスが綴る、拙いブログを愛好して下さった見知らぬ方々に感謝し、新年も良き年であることを願い、本年の御挨拶とさせて頂きます。

                               枯れてなお 姿とどめる 梅の枝
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by tabigarasu-iso | 2005-12-25 12:25 | コンサルサービス | Comments(0)

甘辛

 ラーメンにコショウ、うどんに唐辛子、刺身にわさび、それにお酒を好む一派を辛党と呼ぶなら、宴会でソフトドリンク、食後のケーキ、おやつにクッキーを好む一派は甘党と言えましょう。そこに、チョコレートを酒のつまみにする、甘辛党が加わり、嗜好の世界はバランスが保たれている様です。

 或る日、辛党のコンサルが営業で、かりんとう工場を訪問しました。
「子供の頃は良く食べましたが、成人するに従い辛党になりまして、最近は余り口にする機会がありませんが、市場は如何ですか」
 社長さんが相手ですから、その場だけでも甘党になれば良いものを。
「いや、正直な方ですね」
嫌な顔も見せず、市場の動き、それに生産の流れを分かり易く説明してくれて。
「パンを作るのと同じ様に、小麦粉の生地を発酵させ、ここが肝心なところでして、発酵した生地をいろいろな形に裁断してから油で揚げ、たっぷり黒糖の蜜を掛けたら、自然乾燥させる、この時間が大切な点です」
 どうやら、他社との違いが話の中に幾つもあったらしいのですが、素人には判りません。甘党に仲間入りし、食べ比べてみるしかないようです。
 
 甘辛のどちらを好むか、どちらも好むか、人により様々ですが、口にしないで評価はできません。かように反省しながら巣に帰り、食卓の上を見ますと、説明を聞いたばかりの代物が試食を待っていました。これまでもあったようですが、目に映りながら、見えていなかったようです。

 ビールを片手にかりんとうを齧ってみますと、苦味と甘味が双方の特徴を引き出し、これまでにない、新しい味の世界を楽しむことができました。

月の夜に 飛行機雲を 見るカラス
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by tabigarasu-iso | 2005-12-24 14:04 | コンサルサービス | Comments(0)

誤解

 それなりの道具を揃えれば、何もできそうですが、それなりの使い方をしなければ、何もできません。その道具を揃えなければ、できないことも判りませんから、まずは道具を揃えてみましょうか。もっとも、それで何を作るのか、目的が明らかなことが必須です。

 国際規格として定めたマネジメントシステムは、どの国のどの組織も利用できる、経営の道具ですが、そのまま使える代物ではありません。身の丈に合わせ、使い勝手を調整せずに、この道具は役に立たないと判断するのは、キオスクで販売する老眼の眼鏡が、自分の眼に合わないと不平を言うのに似ています。

 ある審査の席で、経営者の方が言いました。
「はっきり言いまして、品質や環境の国際規格など、役に立っていません」
 本音を語って下さるのは、大変有り難い事ですが、これから、その役に立たない国際規格への適合を審査する立場ですから、そのまま聞き流す訳にはまいりません。
「社長、それでは、何故、導入を判断されたのですか?」
 横の席で目を閉じて聞く、管理責任者の顔色が変化するのを認め、経営者の方が答えました。
「某社からの要求があったからですよ。やはり、期待した効果はありません」
 それでは、それなりの効果があったのですねとは、裁判ではありませんので言いません。

 それから、色々な方に話を聞き、効果の無いと言われた仕組みを検証しましたところ、その理由が判りました。仕組みを支える十七本の柱のどれもか細く、あるものは土台から離れているのです。それに、どこから入ったらよいのか、玄関の所在が不明な点が、決定的でした。
「今回の審査で判明した事実、それは経営者の方の規格に対する誤解です」
 こう言えたら宜しいですね。

寒空を 青い芽で突く 麦畑
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by tabigarasu-iso | 2005-12-18 15:23 | コンサルサービス | Comments(0)

深酒

 誰もが悔やみ、それでも繰り返すのが、二日酔い。中には、その状態が、一週間も続くこともあり、それを一週間酔いと呼ぶそうだが、真意は不明である。その結果はさておき、コンサル先のスタッフから誘いを受けて、反省を肴に飲む酒は、別な味がするから、また旨い。

「当社のレベルで大丈夫でしょうか。他社では、どのレベルで展開しているのか、教えてください」
 グラスになみなみと注がれたプレミアムのビールを、一口含んだ後で、徐に口を開いた。余り素早く答えたのでは、言葉に重みがなくなり、さりとて、余りにゆっくりし過ぎると答える内容を忘れてしまう。

「いえいえ、あなた様の会社は、大変高いレベルにあります」
 コンサルの注ぐビールを受けつつ、目の玉を大きくする顔を見ることになる。
「今、あなた様の会社で計画している環境保全活動は、グリーン物流と呼ばれ、世の中で注目されているものでして」
 そうとは知らずに導入した仕組みが、時代の先端を行くものと知り、お客様はグラスを落とし掛けた。

 こうしたやりとりを何度も重ね、その度にグラスを空にすれば、いつしか帰る電車はなくなり、財布の中身と相談しつつ、笑顔で迎えるタクシーに乗り込むしかなかろう。

誰を待つ 赤い花つけ 寒椿
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by tabigarasu-iso | 2005-12-15 21:49 | コンサルサービス | Comments(0)

円舞

 おそらく、数千羽のむく鳥が、一塊の円になり、人の住む街の上空を、その輪郭を徐々に移動させつつ、円舞する光景は見事なものです。その指揮を、誰が採っているのか不明ですが、一羽の脱落もなく円内に取り込み、夕空を移動する様は、いつまで追っても飽きることがありません。

 その集団、いつまでも舞い続ける訳にはいきませんから、地上に降り立ち羽根を休めることとなります。それが、何故か、人通りの多い駅前の梢で、集団でおしゃべりする鳴き声のやかましさ、呆れるばかり。それに、落下させる大量の糞、その下を通る者に恐怖を与えます。

 そこで、梢を網で被い、むく鳥が枝に停まらないようにするのですが、網の目をすり抜け、枝先で世間話に余念がありません。相変わらず、糞を落下させ、鼓膜を突き破る、樹上のサロンを繰り広げるのです。

 人の集まる所で群を成す、むく鳥の習性は、外敵から身を守る知恵かも知れません。我等コンサルタントも、むく鳥のようなものでして、個性豊かに舞いながら、自由曲線の輪郭を崩すことなく、集団で舞う習慣があり、その着陸するところも、人混みに限るのです。

終電車 乗れて安心 乗り過ごし
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by tabigarasu-iso | 2005-12-13 23:18 | コンサルサービス | Comments(0)

雷神

 初雪のちらつく彦根の空に、何を間違えたのか、季節外れの雷が鳴り響く。これは、雪お越しの雷と呼ばれ、驚く人は、よそ者に限る。それにしても、一晩中、ピカリと光り、ドンと大太鼓を叩かれたら、誰もが寝不足になったのは間違いなく、歓迎されない雷であったろう。

 人の世、時と場所それに状況を考えて行動することは、社会人としてのマナーだけれども、天に暮らす方々は、別なマナーをお持ちの様だ。それが証拠に、欲しい時に雨を降らせず、吹いて困るときに大風が吹き荒れる。バランス良く、天の恵みを頂戴したいものだが、そのバランスを崩す張本人が恵みを期待する側となれば、深く反省せざるを得ない。

 ところで、虎皮のパンツ一枚で雲の上を駆け巡る、頭には角を生やし、筋骨隆々の身体に、恐ろしい顔を載せた、赤鬼と青鬼の一族、天空のどの辺りに暮らしているのか気に掛かる。時には地上に降り立ち、半焼きのステーキや味噌の付いた豚カツを口にするのであろうか。それでなくては、あのような大太鼓を夜通し叩く体力は維持できないであろう。それに、赤いトマトや青いホウレンソウなどの生野菜もバランス良く食べているに違いない。

 地上では、子供の誘拐事件に胸を痛め、良心を失くした手抜きビル設計に呆れ、鳥インフルエンザの再来に怯え、深酒とカラオケのセットに満足するサラリーマンが街中を徘徊する季節ながら、天空にも気を配りつつ暮らすことを忘れてはいけない、そんな時代に突入したことを悟らせる、雷神大荒れの一夜であった。

黄葉の 一夜で変わる 潔さ
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by tabigarasu-iso | 2005-12-10 18:07 | 随筆 | Comments(0)

氷雨

 師走に降る雨は冷たく、コンサルを控えて移動する、カラスの心をうつにする。さりとて、いつまでも巣の中に留まり、パソコンを叩いている訳にもいかないから、背広にオーバーを着込み、氷雨に濡れる桶川を後にした。

「もっと酔うほどに♪ 飲んであの人を♪ 忘れたいから♪」
 ラジオから流れる懐かしい演歌に聞き入りながら、真昼、大勢の聴衆を前に唄った、十五年前のカラオケ発表大会を想い出す。仕事を終えた週末のカラオケ教室の先生は、売れない現役の演歌歌手で、それなりに旨いが個性を待たぬ歌手。指導される側は、年金暮らしのジジとババに唯一の物好きな若手。仲間内ではホープと期待されたが、その訳は大会当日の荷物運びで証明されることになる。

 派手な衣装に身を包み、聞く人のことなど気にもせず、外れたままのリズムにメロディー。それでも本人は満足し、孫に持たせた大きな花束を受け取り、スターと同じく深々と頭を下げた。

 歌手の真似して初めて立つ舞台から、見知った顔は幼い息子と娘の二人きり。選んだ曲は、失恋の痛手に浸る女の心情を映す「氷雨」で、子供に理解できる詞ではなかった筈だが、その日以来、就学前の娘が訳知り顔で唄う、その様が愛しく思えたものだ。そんな過去を想い出させる氷雨も、水不足の樹木には有り難い筈である。

枯葉打つ 無情の氷雨 待つ人も
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by tabigarasu-iso | 2005-12-05 22:07 | 随筆 | Comments(0)

偶然

 世の中、「必然」と「偶然」の両方があるから、面白いのでしょう。同じ列車に乗れば、同じ時刻に到着するのは、「必然」。ところが、同じ列車に乗ることを予想していなかった人が、同じ列車に乗り合わせれば、「偶然」と言えましょう。
 
 先程まで営業先で話していた相手が、復路の飛行機で隣の席に座る、そんな偶然がありまして、勢い、親しみを共有するビールで乾杯となりました。それこそ、付加価値のあるプレミアムビールを味わいながら、聞え難い機内であることを忘れ、いつの間にか大声で、人生の楽しみとは酒と共にあるべきであるとか何とか、時間を忘れて語り合ったのです。
 
 そんなことがあったばかりの帰路の車中、これまた約束していない妻から連絡が入り、どうやら同じ車輌に居るらしいのですが、混雑した車内で姿は見えません。二度ある偶然、三度ありと言いますから、近くに居る筈の彼女を探しながら、次の偶然を思わず探してしまいました。

 こんな楽しい偶然ばかりなら、公私ともども歓迎するところですが、成約したい相手に積極的な予約を入れて、必然的な営業成果を望んだところで、特別な関係でもない限り、期待する成約は偶然にしか望めません。似たような見積なら、成約の決め手となるのは、魂の触れ合いでしょう。その重要性を体験しながら、経済の先頭を走ってきた団塊の世代の方々、会社での停年は必然でも、社会の停年はありませんから、そのノウハウを活用し、偶然の喜びに浸っては如何でしょうか。

審査員 爺ばかりじゃ 明日はない
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by tabigarasu-iso | 2005-12-04 01:33 | 随筆 | Comments(0)

いざ熊本へ

 羽田を発って三十分、琵琶湖の上空九千二百メートルを飛ぶ機内で、新幹線ならニ時間半だから、やはり飛ぶ方が早いなどと感心している。はるか下には、川がゆっくりと蛇行し、道路が慌しく曲がりくねり、水溜りが光をはね返し、人工の島が海にせり出す。

 それから15分、どの辺りを飛んでいるのか全く判らない。航路にも、列車のように案内の標識があれば良いと思ったりする。列車はレールの軋みがうるさいが、飛行機は風切る音がやかましい。それに、シートベルト着用だから、思うように移動も出来ぬ。けれども、それなりに美しい方が、機内サービスしてくれるのが有り難い。それも、疲れを見せぬ常時の笑顔で、なかなか真似はできない特技である。更に、立っている乗客が一人も居ないのが良い。朝夕の列車も、これを真似して貰いたいものだが、無理であろう。

 隣の客、読書から居眠りに移り、安らかな寝息が騒音の仲間入りをする。けれども、既に耳が水中に沈んだ状態で、少しも気にならない。小さな窓に顔を近づけ、白く輝く雲のじゅうたんを眺める。何処かに、赤い顔や青い顔の雷神が居ないか探してみたが、今日はどこかに出張されたようだ。

 それから間も無く、飛び始めて二時間余りが経つ頃に、飛行機はゆっくり高度を下げる。そのリズムが一定の時には何でもないが、一コマ飛ばされた時には、胃袋が元の位置に取り残されてしまう。これがなければ、飛行機とは実に素敵な鳥の仲間であると、認めてあげたいものである。
 
山々の 紅葉あせて 夢の跡
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by tabigarasu-iso | 2005-12-02 17:49 | 随筆 | Comments(0)