2008年 12月 30日
牛の角
そうした牛の角で想い出すのは、半世紀前の出来事である。鶏が庭を自由に闊歩し、猫は勿論、犬も自由に歩き回り番犬していた当時、母親と子供が数人で乳牛を追い立て、牛舎に追い込もうとしていた時のことであった。
追い立てる人間が、背格好の小さな子供と知った牛は、くるりと向きを変え、前に曲がった角を、子供の腹に向け突き出す。その光景を目にした母親は、子供が腹を刺されたと思い込み、血の気を失った。だが、牛の角は子供の腹を割くことも無く、前に曲がった角の中に子供の腹が入り込み、子供の手は角の両端を握っている。
前が見えなくなった牛は興奮し、首を左右上下に大きく揺さぶるが、鼻の上に載った格好の子供は角を放さない。
「今だ、飛び降りろ!」
必死な母親の合図に、子供が両手を角から離せば、牛が首を振る勢いで、子供の身体は角の間から離れて宙を飛び、そのまま階段にふわりと落ちる。子供は無傷であったから、階段を数段上れば、牛は既に反省し、母親の前で静かに首を垂れていた。仮に、その角が子供の腹を割いていたら、この駄文は生まれていなかったことであろう。
想い出を 語る言葉に 飾り無く