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白髪の旅ガラス

僕の縄張り

 犬も十七歳を過ぎれば視力も落ちる。それでも朝夕の散歩は欠かせないから、当てにならない視覚より、衰えを知らない嗅覚を頼りに綱を引く。こう言えば、誰が主なのか判る筈である。少なくとも、綱を引かれる方ではない。

 それにしても、散歩に付き合う相手は、楽ではないであろう。数歩進んで立ち止まり、臭いの主を想像する。一度では相手が良く判らないから、何度も吸い込んでは、記憶に残る臭いと比較して、納得するまで動かない。

 この様子は、散歩と言うより、化石を捜し歩く老いた学者に見えるであろう。それに、暖かな昼間でもあれば構わないが、鼻水の垂れる寒風の中で、殆ど動かないのであるから、付き合う相手の辛抱強さに呆れてしまうと言えば恩知らず。

 また新しい臭いがする。新参犬に違いない。一日見回らなければ、直に縄張りが荒らされる。全く、近頃の若い犬は、犬の道に外れることを何とも思わない。おや、こちらも荒らされているが、この臭いなら許せる。どんな容姿の雌犬であろうか。

歩くより 遅い歩きは あるまいに
by tabigarasu-iso | 2008-03-05 19:53 | 小説 | Comments(0)