2018年 01月 06日
差出人不明
「年賀状は生きている証だな」
届いた賀状の返信を書きながら、父が言ったことを想い出します。組織に属している間は呆れるほど届いた賀状も、組織を離れて暫くすれば消えるようになくなりますから、組織の人としては生きていないことになるのでしょう。
ある方は、賀状の時期を待たず、儀礼だけの葉書を廃止する旨、わざわざ葉書で送ってくださいました。何とも義理堅いことだと感心しましたが、貰った葉書に返信もしない不義理を避けたかったのでしょう。
定型文の印刷されたコメントの無い賀状を頂くにあたり、あの方の葉書の文面が蘇ります。寄る年波には勝てず、失礼する前に失礼しますとは、あの方らしく、いつまでも頭から離れません。
心の籠らない賀状など止めにすれば良いと思います。生きている証でも、相手を想う手書きのコメントが必須ではないでしょうか。まして、差出人のない賀状など、呆れる相手も分からない。さような不心得者には、電子メールでの賀状を薦めます。
差出人 不明の賀状 さようなら