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白髪の旅ガラス

チビトラの脱走

 狭い家の中で幾日も寝起きしていると、動き回る生物は飽きてくる。秋になれば紅葉狩りに出掛け、手打ちソバなど頬張り熱燗で人生の黄昏を語れば話は尽きない。

 元野良で自由に遊び回っていた我が家のチビトラも、仲間の戯れる声を聞けば家の外に出掛けたくて戸の前に座り込んで鳴く。その気持ちが分かるから、胴体拘束用の紐を着けて、濡縁に結わえた長い紐に繋いであげた。

 久し振りの晴れ間に客人用の寝具を干し、水槽に入ったまま何処へも出掛けることができない金魚とメダカには、それぞれが棲む水槽の水を入れ替えてあげる。さて、濡縁で仲間と遊んでいるチビトラの毛でも梳いてあげようか。

 尻のポケットに猫用の櫛を挟んで外に出れば、濡縁の下には紐の先が輪になったものがある。前に進めば決して抜けない紐も、後に下がれば楽に抜けることは分かっていたが、それを自分で探り当てたのであろう。

 辺りを探してみたが、チビトラの姿は見えない。その替わり、後釜を狙う野良猫が猫撫で声で鳴いた。このまま彼が家に戻らなければ、オレンジ、グレーワン、グレーツーと名付けた野良猫が家猫になるチャンスはある。

 それにしても、チビトラが戻らなければ彼に会いに来る客人の寝具を干した意味がない。また、彼を可愛がっている妻や子の落胆する顔が思い浮かぶ。それでも、自分では探すことは出来ないから、野良に飽きて戻るチビトラを待つしかない。

 昼食を食べていても、彼が網戸に顔を近付けていないか、玄関のガラス越しに待っていないか、何度も近くまで行ってみた。何度か目のこと、玄関前をうろつく姿が映る。もしやと思い戸を開けると、チビトラは胸を張って入って来た。

 狭い秋 城に上って 誰と見る
チビトラの脱走_d0052263_1512598.jpg

by tabigarasu-iso | 2014-11-15 15:00 | 小説 | Comments(0)