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白髪の旅ガラス

自然に帰ります

 白樺の林に囲まれ、敷地の一角に小川が流れて、隣人に気を配ることもなく、自動車の騒音が懐かしく響く、ただ、収入だけは都会に頼るものの、そんな地に移り住む決意をされた、団塊の世代の企業戦士と飲む機会がありました。

「仕事は、どのようにして、続けるのか、その点が聞きたい」
 かような、失礼な尋ね方はしません。熱燗を傾けながら、テレビは映りますか、と聞いただけです。
「あのね、確かに自然には、いやと言うほど恵まれていますけどね、駅から二十分と掛からない所ですよ」
 そんな土地が、狭い日本にあったのかと思いましたが、所有する家を売り払い、来年の秋には、その土地に石作りの家を建てる計画が、既に進行しているとのことです。
「食料は、そこで作られるのですか」
 有り得ないことと知りながら、確認してみました。
「四輪駆動の車に替えて、スーパーから調達ですよ」
 こうなれば、希望と現実の確認問答となります。
「病院は、近くにあるのですか」
 これには、回答まで時間が掛る。
「その点が、問題でしてね」

 仕事は、パソコンと通信の発達で、都会と田舎を問わず、どこでも出来る便利な世の中になりましたが、通院は、どこでも容易という訳には参りません。
「妻と私、どちらかが倒れた時が心配でして」
 十も歳の離れた話し相手に、夢の片隅に潜む不安を語るのです。

 聞く方は、ようやく五十肩を脱したばかりでしたが、痛みが遠くなれば強気に戻る、楽天的な性格でして、相手の痛みも知らず、更に尋ねました。
「自然と共に暮らせば、病も死も、それこそ自然に受け入れられるようになりますよ」
 気を遣わない飲み仲間に呆れ、可笑しそうに笑うばかりです。

牡蠣とネギ 味を出し合う 鍋の中
by tabigarasu-iso | 2005-11-01 23:59 | 小説 | Comments(0)