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白髪の旅ガラス

床屋は無口な方が良い

 二十年近く通いながら殆ど会話らしい会話をしない床屋がある。
「いつもの」
「ええ」
 それだけで散髪が済むまで余分な話はしない。

 室内にはテレビかラジオの音声が流れている。それに興味があれば耳を立て、そうでなければうたた寝すれば良い。用が済めば軽く肩を叩き、合せ鏡で後頭部を見せてくれる。
「お疲れ様でした」
「いいえ」

 それでも、代金を支払い、店を出る際には忘れない。
「ありがとございました」
「お世話様」
 頭も心も気分良く帰路に着く。

 床屋は無口な方が良い。あれこれ喋りたがる床屋は、余分なことも口にする。それが気に障ることもあったから、この床屋を見付けて安堵したものだ。それに、お喋りが過ぎて、肝心の手先が疎かになり、耳を切り落とされたら堪らない。
床屋は無口な方が良い_d0052263_1232846.jpg
大鏡 睨んで悟る 床屋かな

by tabigarasu-iso | 2011-03-28 08:54 | 随筆 | Comments(0)