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白髪の旅ガラス

雨ニモマケズ

 その昔、請われて鴨宮へ営業に出掛けた時のこと。日本橋を出る時には晴れ間もあったが、川崎を過ぎたところでお天道様が早仕舞い。鴨宮駅に着いたところで土砂降りの雨となり、迷うことなく手にしたキヨスクの洋傘、値段の割に大層立派な代物を片手にタクシーに乗り込み営業先へ。

 成約しなければ手間暇傘の全てが無駄になる。勢い、傘に投資した分だけ営業の切り込みも鋭くなり、現場を見せて貰うところまで一気に前進。相変わらず外は土砂降り、歩道は小川となっている。傘はあるが長靴は無い。ここで尻込みをするようでは小田原の負け戦。雨天の設備を見るのに良い機会ですから参りましょうと、軽い冗談を皮切りに現場へ向かった。

 流れの浅い所を選んで歩くのだが、遠慮なく革靴に雨水が浸入してくる。良く見れば、案内する側もスポーツシューズに雨水を吸っている様子は変わりない。それでも見るべきところは全て歩き、事務所に戻って椅子に腰を掛けたら尻が冷たい。背広が濡れて靴下も雑巾状態になったと知る。その場で脱いで汚水を絞ることができないから、自然に流れ出し乾くのを待つしかない。

 暫らく待たされた後、再度現れた客人は、濡れたスポーツシューズと絞った靴下を両手に持ち、こんな経験は初めてだと言う。革靴の中で泳ぐ指先を気にしながら、こちらも良い想い出になりましたと答えた。帰り際、コンサルが貴社に決まった暁には、貴方が担当するのかと聞かれる。
「勿論ですとも、雨ニモマケナイコンサルですから」
 帰路の車中、革靴から滴る雨水が床を濡らし、東京駅に着くまで乾くことはなかった。
雨ニモマケズ_d0052263_14262535.jpg

タラの芽を 酒の肴に 飲める春
by tabigarasu-iso | 2010-02-28 14:27 | 小説 | Comments(0)